母から壮絶な虐待を受けて育った子どもが再生する姿を描く実話を基にした『母さんがどんなに僕を嫌いでも』で、虐待する母親を演じた吉田羊。「共感できない」と頭を抱えた難役に立ち向かった彼女が、その困難さと手応えを率直に語った。

思考回路が理解できない

Q:自身が演じた光子のことを理解できなかったそうですが、理解できない人物を演じるのは難しかったのではないですか?

自分の子どもを虐待するにいたる思考回路が理解できませんでした。ですが、その一歩手前の、彼女が何を抱えていたのか、どういう状況にあったのかを想像することはできると思いました。原作でも映画でも、彼女の不幸な生い立ちには少し触れられていて、そこから「彼女は未成熟なまま母親役を強いられてきた」と思いました。それをエクスキューズせず、未成熟なままを演じることで、逆説的に見えてくるものがあるのではないかと思い、覚悟を決めて演じました。

Q:覚悟が必要だったんですね。

そうです(笑)。でもそういう、周囲から求められるものに自分が追い付いていけないもどかしさは、きっと誰でも大なり小なりあると思います。わたし自身、イメージが先行してしまって、不安を感じることもあります。その不安定さをうまく移し替えていけば、光子さんという人が浮かび上がってくると思いました。あとは、御法川修監督とタイジ役の太賀くんをはじめ、みなさんにお力をいただいて。「こういう役だから」と最初から決めてかかってしまうと、撮影現場の力に心が反応しなくなっていくので、不安定なまま撮影に挑みました。

わがままでいい時もある

Q:監督や太賀さんからは、具体的にどのような刺激を受けましたか?

監督は、わたしが迷うとその都度「今どういう気持ちですか?」「何を思っていますか?」と光子さんの気持ちを確認してくださいました。なおかつ、わたしが作った光子を採用してくださいました。「少女のように演じてください」というヒントも、イメージしやすかったです。太賀くんはたたずまいがタイジそのもので、彼の存在に反応していけば自然と光子の感情になりました。

Q:子どもを罵ったりする感情を爆発させるシーンも、スムーズに演じられましたか?

芝居が終わるとどっと疲れている自分に気づくんですが、演じている時は自然な流れでした。無理にテンションを上げることはなかったです。タイジは、言いたいことがあってもぐっと我慢していたり、言葉の代わりに目が語っていたりして、わたしは撮影中、終始彼の目が怖かったです。あとで聞くと、太賀くんは光子を知りたいと思って見ていただけとおっしゃっていました。でも、わたしは見つめられると、光子さんがダメな母親だと烙印を押されているような、馬鹿にされているような感情になりました。彼とわたしの温度の違いこそが、まさにこの親子の温度差だったと思います。

Q:役の関係性がそのまま現実にあったということですね。

そうです。太賀くんとはほとんど撮影現場でしゃべりませんでした。彼も監督もスタッフも、みんなそれを尊重してくださったので、役者としてとても贅沢なことだと思います。わたしは普段、自分が関わった作品に関係する人には「楽しい」と思ってほしいので、無意識のうちにムードメーカーになることもありましたが、題材によってはそれが邪魔になる場合もあるとわかりました。役的に、そんなことをしている場合じゃなかったというのもありますけど(笑)。撮影現場でみなさんのケアができなかったことで、終わってから「わたしの居方は大丈夫だったかな」と反省しましたが、完成品を観て「これで良かった」と思えました。芝居以外のことに心を砕いていたら、きっとこの光子さんにはならなかっただろうと。役者として、自分の居方が変わってもいい、わがままでもいい場合があると、この作品から教えてもらいました。

Q:完成品から手応えを感じられました?

光子さんは、母親としての正解がわからないことが不安だったと思います。芝居をしていても、光子さんにはどこかはかなげな空気感がまとわりついていました。ですから、ただの「虐待する酷い母親」では終わっていないと、観た方に感じていただけるのではないかと思っています。

奇跡の出会いを待つ

Q:光子もタイジも大きな悩みを抱えた人ですが、吉田さんご自身はどんな悩みがありますか?

自分の考えが浅いところが嫌ですね。もう一歩踏み込んで考えていたら、こうはならなかったのにと思うことが、最近もありました。つい言いすぎてしまったり、よけいな一言を言ってしまったり、自分の思いだけで行動して相手を傷つけることがままあるので、そこは直していきたいです。ただ、「あの時は、ああせずにはいられなかった」と思い直したりもするので、「しょうがない」となることもあります(笑)。

Q:この映画は大きな障害を乗り越えていく家族の物語ですが、吉田さんにとって理想の家族とは?

我が家族ですね。うちの両親はお互いに深く愛し合っているんです。今は子どもたちが巣立って、二人きりで生活していますが、たまにわたしが帰ってもっと家の中を使いやすくしようと「これはこうしたら?」って提案すると、決まって二人とも「母さんに聞いてみる」「父さんに確認する」って言うんです。二人の生活だから二人が心地よいのが一番で、「何が便利か」ではなく、「最愛のパートナーがいいと思うかどうか」が優先されている。もう80歳近い二人がいまだにお互いを思い合っている姿は、我が家族ながらとても素敵で、いつかわたしも、こういうパートナーに出会えたらと思います。

Q:出会いたいという気持ちがあるということですね?

もちろんあります。生涯一人ぼっちでいいとは思っていないです。いつかそういう人に出会えたら、それは奇跡的なことなので、受け入れたいと思います。ただ、一人でいるからこそできていることもたくさんあるので、それを全否定はしないです。

取材・文:早川あゆみ 写真:日吉永遠