12月8日(土)公開の『マチルダ 禁断の恋』は、19世紀ロシアの皇帝ニコライ2世と、“伝説のプリマ”と呼ばれたバレリーナのマチルダ・クシェシンスカヤの恋愛を描いた作品です。映画ではロシア正教会により聖人に列されているニコライ2世の、恋とセックスの様子を描いているため、彼の名誉を傷つけるものとして、ロシアで公開禁止を求める運動が起きました。最終的に映画は公開され、同国で210万人を動員するヒット作となっています。
 
ロシア・旧ソ連を題材にした映画の中には、その内容が問題視されたことから、ロシアでの公開が禁止された作品もあります。今回はいくつかピックアップして紹介します。
 

権力闘争を描写するのは禁止?

まず紹介するのは、スターリン亡きあとの後継者争いにフォーカスした『スターリンの葬送狂騒曲』(2017年)。
 
史実ではスターリンが死去したのは1953年3月5日。同日付でマレンコフが閣僚会議議長(首相)の後任となりますが、実際には秘密警察を指揮したベリヤが実権を握ります。しかし、その後に閣僚会議幹部会の会議でベリヤが逮捕され、6月29日の党幹部会による特別布告でベリヤは失脚。マレンコフが9月7日に党中央委員会第一書記となり、スターリンの後継者となりました。
 
『スターリンの葬送狂騒曲』は、これらスターリンの死後の数カ月にフォーカスした作品になります。“実話に基づくブラック・コメディ”といううたい文句で日本でも公開されましたが、本国ではロシア文化省が「歴史映画としても芸術映画としても価値がない」として上映中止を命じました。
 
ロシア政治外交史が専門の慶應義塾大学 横手慎二教授によると、映画の解釈があまりに現実味を帯びていたため、体制エリートは自分たちの上司がモスクワっ子のお笑い対象となることを恐れたのではないかとのことでした。
 
作中ではスターリンの側近中の側近だった秘密警察警備隊長ベリヤに対し、後にソ連の指導者となる中央委員会第一書記のフルシチョフがクーデターを起こします。彼が権力闘争の末に指導者の立場を奪ったものとして、その顛末が描かれていることが、政治的に問題視されたのかもしれません。また、映画の原作が作家ファビアン・ニュリのグラフィックノベルであるため、その内容が史実と言い切れないことも、ロシア文化省の背中を後押ししたのでしょう。
 
さらに付け加えると、ソビエト軍最高司令官ジューコフが、男色を匂わせる描かれ方をされたことも問題だったのかもしれません。フルシチョフからクーデターの話を持ち掛けられたとき、ジューコフは喜びのあまりフルシチョフにキスしています。
 
ロシアでは2013年に「同性愛のプロパガンダ」禁止法が成立し、同性愛を許容するような情報を未成年者に広めると罰金が科せられます。軍の最高司令官がマッチョなゲイだというのは、プーチン政権にとって許しがたかったのかもしれません。
 

ロシアに連続殺人犯はいない?

ロシアで公開前日に、突如上映が中止されたのが『チャイルド44 森に消えた子供たち』(2015年)です。その理由は「史実を歪めている」というもの。作中では実在した連続殺人犯アンドレイ・チカチーロと、その捜査を行うMGB(KGBの前身)の捜査官レオの姿が描かれています。
 
原作となった小説『チャイルド44』(2008年)もロシアでは発禁処分になっています。原作小説の作者トム・ロブ・スミスは、本の巻末に掲載されたインタビューの中でこのように話しています。
 
「チカチーロがそれほど長く殺人を犯し続ける事が出来たのは、社会のシステムが彼の存在を認めようとしなかったからだ。国家の偏頗(へんぱ)な考えが犯人逮捕の幾多の機会を妨げ、その結果、死なずにすんだ子供が多く犠牲になった」
 
ここでいう“国家の偏頗な考え”とは、スターリンの名言「楽園に殺人は存在しない」を指しています。作中では戦友アレクセイの息子が変死体で発見されたことを機に、捜査官レオが事件に関わることになるのですが、保安省は“連続殺人犯の存在”を認めようとしません。「息子を殺された」と主張することがスターリンへの反逆となってしまうため、保安省は「息子は列車事故で亡くなった」と認めるよう、レオにアレクセイを説得するよう伝えるのです。
 
他にも、作中ではレオの妻が彼と結婚したのは、「国家保安省の人間であるレオが怖かったから」だと分かる。遺体発見者が同性愛者だと分かると、当時は同性愛を禁止していたため、彼を強制労働の刑にすると脅そうとするなど……。緊迫した国内事情をとりまく人間ドラマも描かれていました。
 
トム・ロブ・スミスは小説の執筆にあたり、スターリン時代のロシアの強制労働収容所、物語の発端となった大飢饉、警察機構や国家保安省に関する文献を読んでおり、連続殺人事件の捜査模様が描かれた本も参考文献としてあげています。このようなロシアの暗部を掘り起こしたことが、当局の逆鱗に触れたのかもしれません。
 

マチルダは本当に悪女だった?

『マチルダ 禁断の恋』の公開にあたって、アレクセイ・ウチーチェリ監督のファンだったプーチン大統領は、「人それぞれ意見を持つ権利を持っていて、我々は何も禁止できない」と発言しました。しかし、この発言は公開禁止運動に拍車をかけることになります。サンクトペテルブルクにある監督のスタジオや、映画側の弁護士の車、映画を公開した映画館では、放火事件まで起きました。
 

『マチルダ 禁断の恋』/12月8日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA他全国順次ロードショー!/(c) 2017 ROCK FILMS LLC./URL:http://www.synca.jp/mathilde/

 
そこまでして問題視された、ニコライ2世の恋。ただ、作中ではどちらかというと、マチルダの方が恋の駆け引きに長けた悪女として描かれています。中でも、印象的だったのが、ニコライ2世と婚約者アリックスの結婚を祝う舞台で、その主役を躍らせてほしいと劇場の支配人に懇願するシーン。首を縦に振ろうとしない支配人に対して、マチルダは倒れるふりをして、それを支えようとした支配人にキスをするのです。
 
ほかにも、マチルダのファンが恋に狂い婚約者を自殺に追いやる、ニコライ2世の護衛をして彼女を殺すのが惜しいと思わせるなど、悪女的なエピソードを重ねていくマチルダ。ただ、彼女の自伝『ペテルブルグのバレリーナ クシェシンスカヤの回想録』では、ニコライ2世とアリックスの婚約が決まった当時、まだ20歳だった彼女の、瑞々しい恋愛が綴られていました。ニコライ2世の婚約が決まったとき、2人は街道から離れた干し草小屋で最後の逢瀬を行い、別れを悲しんだそうです。
 
また、戴冠式直前のモスクワでの定期公演で、劇団側にキャストから外されたこともあったようですが、この状況を打破したのは他ならぬニコライ2世だったようです。叔父のウラジーミル・アレクサンドロヴィチを介して、マチルダの状況を知ったニコライ2世は、皇帝として公演に出演させるよう命じたとしています。
 

『マチルダ 禁断の恋』/12月8日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA他全国順次ロードショー!/(c) 2017 ROCK FILMS LLC. /URL:http://www.synca.jp/mathilde/

 
『マチルダ 禁断の恋』を観た限りでは、どちらかというとニコライ2世とマチルダの関係よりも、それを取り巻く家族とのトラブルの方が、よっぽど不名誉な気が……。マチルダとの恋のきっかけになった父アレクサンドル3世の“ある一言”、母親のマリア皇后とアリックスの醜い嫁姑問題など、スキャンダルが次々と飛び出します!
 
ニコライ2世とマチルダの間に一体何があったのか? “彼女の本当の姿”にも思いをはせつつ、ぜひ映画を楽しんでください。
 
(文/デッキー@H14)
 
【参考】
『七人の首領』(ドミトリー・ヴォルコゴーノフ著/朝日新聞社)
『ペテルブルグのバレリーナ クシェシンスカヤの回想録』(マチルダ・F・クシェシンスカヤ著/平凡社)
『チャイルド44』(トム・ロブ・スミス著/新潮社)