文=圷 滋夫(あくつ しげお)/Avanti Press

「異類婚姻譚」で2016年の芥川賞を受賞し、今や小説家としてのイメージが強い本谷有希子。『生きてるだけで、愛。』は、その3本目の映画化だ。

1本目は日本映画界を牽引する存在となった吉田大八(『桐島、部活やめるってよ』『紙の月』)の才気走った長編デビュー作『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』。2本目は独特の世界観が熱狂的な支持を得ている冨永昌敬(『ローリング』『南瓜とマヨネーズ』)がその本領を遺憾なく発揮した怪作『乱暴と待機』。この2本の映画のオリジナルは、本谷の舞台作品だ。そして3本目である本作は2006年の芥川賞候補作になった同名小説が原作で、新たな才能・関根光才が劇場長編デビューを飾っている。

『生きてるだけで、愛。』
11月9日(金)、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:クロックワークス (c)2018『生きてるだけで、愛。』製作委員会

クリエイターの創作意欲を刺激する本谷有希子ワールド

この3本の映画のヒロインは、どことなく突き抜けたエキセントリックさがあることで共通している。それはもちろん、もとになった本谷作品自体が持つ強烈な個性によるものでもあるが、同時に本谷作品にはクリエイターの創作意欲をそれほどまでに刺激する何かがあるということでもあるだろう。

そのためか、この3本は全て監督自身が脚本を書いている。ちなみに吉田大八は2013年に本谷の小説「ぬるい毒」をもとに舞台に挑戦し、映像を使用した斬新な表現で作・演出家として演劇界にもデビューを果たした。

『生きてるだけで、愛。』
11月9日(金)、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:クロックワークス (c)2018『生きてるだけで、愛。』製作委員会

日本映画を牽引する“新たな才能”の登場

本作の関根監督は、CMやMVのディレクターとして権威ある賞を多数受賞している、広告業界のトップを走る映像作家だ。そして今年、1970年の大阪万博の象徴でもある太陽の塔と、その創作者である岡本太郎を追った長編ドキュメンタリー『太陽の塔』がすでに公開されている。この作品はドキュメンタリーの通常のイメージを軽く凌駕した映像と壮大な展開が秀逸で、ヒップホップやリミックス的な映像手法は音楽的でもあり、まるでコンセプチュアル・アートの映像作品とでも言うべき表現が衝撃的だ。

あらゆるジャンルからの著名人29名が岡本太郎についてインタビューに答えた言葉をコラージュし、当時の貴重な写真や映像のアーカイヴと新たに撮り下ろしたイメージ映像を繋ぎ、さまざまな角度から太陽の塔と岡本太郎という人物を浮き彫りにする。

そしてその先に3.11以降の日本の危うさと、芸術のあるべき姿までをも炙り出しているのだ。この『太陽の塔』と本作『生きてるだけで、愛。』を観れば、先に書いた“新たな才能”の誕生を実感できるはずだ。

『生きてるだけで、愛。』
11月9日(金)、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:クロックワークス (c)2018『生きてるだけで、愛。』製作委員会

一見エキセントリックなヒロインの内面を丁寧に描く

その関根監督が、初めての劇場長編作品として完成させたのが本作だ。

鬱で過眠症、まともな社会生活を送ることが難しく、自堕落になって何をやっても上手くいかない寧子(趣里)。文学を志して出版社に就職するが、週刊誌でゴシップ記事を垂れ流す虚ろな日々を送る津奈木(菅田将暉)。寧子が投げつける理不尽な言葉を寛容に受け止める津奈木だが、それは単に真剣に向き合うことを避けているだけで、二人の同棲生活はすでに破綻しかけていた。しかしあるきっかけにより、寧子は外に出てバイトを始めることになり──。

『生きてるだけで、愛。』
11月9日(金)、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:クロックワークス (c)2018『生きてるだけで、愛。』製作委員会

『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』と『乱暴と待機』のヒロインには戯画化されたような過激さが有るが、関根監督は寧子をエキセントリックではあるが、過剰さを慎重に取り除いたリアルな人物として描いている。そしてより深く寧子の内面へと分け入り、繊細な心の動きを丁寧にすくいとる。

また原作ではあまり描かれていなかった津奈木の人物像を膨らませ、二人を同等に描いて対峙させることで、主観だけでなく客観性も持ち込んで、物語に多様な見方をもたらしている。

『生きてるだけで、愛。』
11月9日(金)、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:クロックワークス (c)2018『生きてるだけで、愛。』製作委員会

独自のルックと、登場人物の心を映す音楽の相乗効果

演出的にも初監督作とは思えないほど、すでに独自のルック(映像的な見え方や印象を表す映画用語)が確立されている。随所で赤い色の小道具や照明を印象的に使い、スローモーションや長回し、ゆっくり舐めるような移動ショットに俯瞰ショットなどを、場面ごとに効果的に使い分けることで登場人物に寄り添い、その心情をより一層鮮やかに浮かび上がらせている。そして「ここで音楽が聞こえてきたら気持ちいいな」という場面で、的確に、しかもさりげなく音楽が流れ出す。 

『生きてるだけで、愛。』
11月9日(金)、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:クロックワークス (c)2018『生きてるだけで、愛。』製作委員会

その音楽を担当しているのは世武裕子だ。2008年にシンガーソングライターとして活動を始め、今年も新しいアルバムを発表している。並行して映画やドラマ、CM等、数多くの映像作品を手掛けているが、デビュー前のパリ留学中に、映画音楽界の大御所でアカデミー賞も受賞しているガブリエル・ヤレドに師事している。そのサウンドはポップでアバンギャルドでジャジー、様々なバックグラウンドを感じさせ、去年のブルーノート公演では5人の鍵盤奏者という斬新な編成でステージに立っている。

本作では生ピアノを中心に弦楽器や打楽器を合わせたアコースティックな響きを聴かせ、そこにエレクトニクスをバランス良く絡めている。その音は感情の動きが激しい寧子の心を映すように叙情的に寄り添い、躍動的に走り出す。

ちなみに最後に流れるエンディング・テーマ「1/5000」は唯一歌が入った曲で、シンプルで抽象的な言葉が並ぶ印象的な歌詞は、本谷有希子の夫である詩人・作詞家の御徒町凧によるものだ。

着実に実力を付けてきた注目の女優・趣里の代表作に

そしてヒロインを趣里が演じている。水谷豊と伊藤蘭の娘というサラブレットを安易な売りにすることなく、2011年のデビューから映画、ドラマ、舞台で小さな役を地道に演じ、実力を付けてきた。そして本作ではまるで憑依したかのように感情豊かに寧子を演じ、遂に自身が今後超えるべきハードルとなる、現時点での(そして多分生涯の)代表作を生み出した。

劇中では幼少時より本格的に学び、英国留学もしていたバレエ(後に怪我で断念した)の素晴らしい素養も、赤堀雅秋「大逆走」(2015年)や根本宗子「ファンファーレサーカス」(2016年)の舞台同様に垣間見せてくれる。それは寧子と母の微かなつながりを示すものでもある。

『生きてるだけで、愛。』
11月9日(金)、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:クロックワークス (c)2018『生きてるだけで、愛。』製作委員会

生きることに不器用で、人との距離を上手く測れない2人が、もがきながらも自分をさらけ出し、少しずつ自分を受け入れ、相手を理解し合う──。SNSによって誰もが気軽にやりとりでき、生身の人間がぶつかり合うイメージを共有することが難しい現代。手探りでも人との繋がりを求める心の叫びが、エモーショナルに綴られた愛の物語だ。