文=圷 滋夫(あくつ しげお)/Avanti Press

『いろとりどりの親子』は、世界24か国(残念ながらその中に日本は含まれていない)で翻訳された大ベストセラー『Far from the Tree』を映画化した作品だ。原作者でもあるアンドリュー・ソロモンと、彼がゲイであることを拒絶したまま亡くなった母、そして受け入れようと苦悩する父の物語が一つの柱になっている。

そのほかにダウン症のジェイソン、低身長症のロイーニとジョセフ、自閉症のジャック、そして殺人を犯したトレヴァー……。普通と違う子どもとその親たちの6通りの関係を、静かに見つめたドキュメンタリーだ。

原作者のアンドリュー・ソロモンとその父、ハワード・ソロモン
『いろとりどりの親子』 (C)2017 FAR FROM THE TREE, LLC

家族の本質を探る長い長い旅

でも“普通”って何だろう? 誰もが普段から何気なく使うが、“普通”はしばしば“違う”と一緒に用いられ、その言葉に傷つく人も大勢いる。“普通”の基準なんて世間の漠然としたイメージでしかないのに……。

それでもほとんどの親は、子どもに自分と同じ“普通”の幸せをつかんで欲しいと願う。しかし子どもが自分とは別の道を行くことになると知ったとき、果たしてどのように子どもと向き合うのか? はじめは戸惑い、そして過酷な状況にさらされる6組の親子の道行きは、親が自分と“違う”ということをいかに受け入れるかの試練で、それはまるで家族の本質を探る1つの長い長い旅のようだ。

『いろとりどりの親子』 (C)2017 FAR FROM THE TREE, LLC

闇に閉ざされかけていた心に光が射す瞬間

例えば自閉症のジャック。その症状は言葉を失くし、社会性や対人関係の理解力が損なわれ、感情を表現することが難しくなってくる。だから親は自分の言うことが理解されていないと思ってしまうが、本当は何でも分かってくれているのだ。

ジャックが、会話ではない方法で初めて自分の思いを伝えたとき。自分の存在を宣言するような言葉と、今もそのことについて話すだけで感情が高ぶってしまう両親の表情に、誰もが心を揺さぶられるだろう。それまで想像を絶する苦労を続けてきて、闇に閉ざされかけていた両親の心に、光が射した瞬間だ。

言葉を話さないことを案じた両親が医者に診せたところ、ジャックは自閉症と診断される。
『いろとりどりの親子』 (C)2017 FAR FROM THE TREE, LLC

親から超過保護に育てられ人生で一度も冒険をしたことがなく、自分に自信が持てない低身長症のロイーニが、年に1度全米から同じ症状の人たちが集まる「リトル・ピープル・オブ・アメリカ」に参加するエピソード。

初めて同じ境遇の仲間と対面したときの嬉しそうな表情や、モデルとしてファッション・ショーに参加し、クラブで音楽に合わせて楽しそうに踊っている活き活きとした姿。そのとき彼女の心には、自分の“違い”は消えてなくなっていたはずだ。

ロイーニ・ヴィヴァオは、「マジュースキー骨異形成性原発性低身長症2型」という非常に珍しい型の低身長症。
『いろとりどりの親子』 (C)2017 FAR FROM THE TREE, LLC

「俺なら自殺する」という最悪の言葉

最も印象的だったのは、低身長症で四肢にも障がいがある電動車椅子のジョセフだ。ある人が彼を見て言い放った「俺があんたなら自殺する」という最悪の言葉は、強烈なインパクトを残すが、ジョセフは意に介さない。その姿は大学の助教授として哲学を教えながら、自身の運命を受け入れ自己を確立しているように見える。

『いろとりどりの親子』 (C)2017 FAR FROM THE TREE, LLC

その落ち着いて物事に動じない態度と、常に知性とユーモアが溢れる会話はとても魅力的だ。そしてジョセフはMyspaceで知り合った同じ低身長症のリアと結婚する。ラストで彼らが見せる姿には、微笑みながらも涙がにじみ、最高に幸せな気分で心が満たされる。

ソーシャルネットワークサービス「MySpace」を通じて出会い、4年の交際の末結ばれたリア・スミスとジョセフ・A・ストラモンド。
『いろとりどりの親子』 (C)2017 FAR FROM THE TREE, LLC

また原作者でもあるアンドリューの人生は、ゲイがある程度社会的な認知をされた今日に至るまでの、長い苦闘の道に重なる。かつてゲイは自らが選択した罪であり、治療可能な病気だとされていた。だが時代の移り変わりとともにそれは間違いで、1つの個性だと認識されるようになっていった。

アンドリュー自身、当時は自らを“キズモノ”であり劣った存在と考えていたが、やがて祝福すべき存在だと気付くのだ。そして今ではベストセラーを著し、本作の中にも登場する多くの社会的弱者の存在を体現し、地位を向上するための希望となった。

インディー・ロック&クラシックの気鋭が共に楽曲を提供

本作ではインディー・ロック界の雄ヨ・ラ・テンゴと、インディー・クラシック界の気鋭ニコ・ミューリーが、既存曲のほかに多くの曲を書き下ろしている。

ヨ・ラ・テンゴはドラムと歌を入れず、ギターを中心とした普段とは少し印象の違うサウンド。そしてニコ・ミューリーはピアノや弦楽器を多用し、ポスト・クラシカルやミニマル・ミュージック、エレクトロニカを横断するような多彩なスコアで、親子の繊細な心に寄り添い、辛い心を温かく包み込む。

エンドロールではインディー・ロックの人気バンド、ザ・ナショナル(ギタリストのブライス・デスナーは現代音楽の作曲家としても活躍し、ニコ・ミューリーとも共演する)の「All the Wine」が流れ、力強いバンド・サウンドが人生の歓びを謳い上げる。

『いろとりどりの親子』 (C)2017 FAR FROM THE TREE, LLC

他者との“違い”に慣れ、受け入れるための大きな助けに

映画が描く親たちは、悩みはするが基本的には優しい心を持った人格者ばかりだ。しかし広い世の中にはそうではない親もいれば、幼児虐待だってある。また日本では皆と同じでいることが良しとされ、周りと少しでも違ったり目立った行動をとるとすぐに噂になり、叩かれたりもする。

そのため子どもを深く愛しているにもかかわらず、逆に抑圧してしまう親も多い。そして今や“空気読みすぎ病”が蔓延し、嫌な世の中になってしまったと思うこともある。こんな育てられ方をされた子どもたちが、成長して再び同調圧力の世界を再生産してしまうのは当たり前のことかもしれない。

『いろとりどりの親子』 (C)2017 FAR FROM THE TREE, LLC

人がもし他者の“違う”部分しか見なければ、未知の存在を怖いと思うかもしれない。しかし自分と他人には必ず“違う”部分があると同時に、必ず同じ部分もある。だからまずは同じ部分を見つめ、それから少しずつ“違う”部分に慣れて受け入れていけばいいのだ。それができれば自然と、心の中の“違う”という意識は消えていくだろう。本作はそのための小さな、しかしとても大切な一助となるはずだ。

ダウン症のジェイソンが大好きな『アナと雪の女王』のエルサのように、“ありのままに”人が各々の個性を生き、それを周囲も当たり前のように受け入れてくれたら、この世界はどんなに幸せで、すべての人の人生が輝くことだろう。

両親の愛情に支えられ、ダウン症も学べることを立証したジェイソン・キングスレー
『いろとりどりの親子』 (C)2017 FAR FROM THE TREE, LLC