ウィリアム・フリードキン監督といえば、刑事アクション映画の名作『フレンチ・コネクション』(1971年)や、全世界にオカルトブームを巻き起こした『エクソシスト』(1973年)で一世を風靡した名匠である。

しかし、その彼が1977年に監督した『恐怖の報酬』は、まさにそこで得た報酬が恐怖でしかなかったかのように呪われた映画として語り継がれてきた。

一体何があったのか? 

そして11月24日(土)より、「オリジナル完全版」として再び日本で公開されることになった本作の魅力を、しばし検証してみたい。

監督に無断で再編集された短縮版が世界中で公開という憂き目

そもそも『恐怖の報酬』とは、まずフランスのアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督が1953年に手掛けたフランスのサスペンス映画が存在する。

中米の油田地帯で火災が発生し、それを消すためのニトログリセリンを、4人のワケあり風流れ者が2台のトラックを駆って出発する。ほんの少しの衝撃で爆発してしまうニトロを安全装置なしで運ぶ男たちは、一触即発の恐怖をもって多額の報酬を得ようとする……。

恐怖の報酬【オリジナル完全版】 サブ1

第6回カンヌ国際映画祭グランプリやベルリン国際映画祭金熊賞などを受賞したこの名作に感銘を受けて映画監督を目指したというウィリアム・フリードキンは、奮起してそのリメイクを画策。

作品は2,000万ドルの巨費を投じて1977年に完成し、同年6月24日に北米公開された。しかし、そのとき映画界は『スター・ウォーズ』が空前の大ヒットを遂げており、そのあおりを受けて興行的に惨敗。

これを受けて、世界配給を請け負ったCICはフリードキンに無断で121分の本編を再編集し、92分に短縮。日本でもこのヴァージョンが1978年3月に公開されたが、やはり興行は振るわず、また批評的にもクルーゾー版には及ばないといった意見が多数を占める結果となった。

恐怖の報酬【オリジナル完全版】 サブ8

実は私も公開当時、その短縮版を劇場で観ているのだが、世評に反してかなり面白く観た。短縮版であることなどは全然知らなかったが、4人の男たちのキャラクターのユニークさや、いざトラックに乗ってからの危機また危機には手に汗握り、特に土砂降りの中、古びた吊り橋をトラックが進むくだりは圧巻であった。
(後にテレビアニメ『ガールズ&パンツァー』で、トラックを戦車に代えたオマージュ・ショットが描かれている)

要するに、カットされていても良いものは良い(そうでなければカット版を放送するテレビ番組の映画劇場など成立しえない)。

もっとも、それはクルーゾー版を未見の映画ビギナーとしての感想でもあったので(当時は中学三年生)、後に本家を拝見したときはやはり感服したものの、少なくとも土砂降りの吊り橋シーンはそこにはなかった。

つまり、フリードキン版はクルーゾー版のリメイクを謳って公開されたが(実際、本作の最後にはクルーゾーに対する献辞のテロップが飾られている)、実は4人の男たちがトラックでニトロを運ぶという設定以外、まったくオリジナル・ストーリーの作品だったのである。

それから時が経ち、1991年にビデオ&レーザーデイスクでフリードキン版『恐怖の報酬』121分完全版が日本で発売され、そこで私たちは初めて全貌に触れることができた。しかし、テレビモニターではその魅力の発露に限界があり(画面サイズもスタンダード)、やはり銀幕の大画面で思い切り堪能したい! そう願いながら、気がつくと四半世紀以上の時が流れていたのであった。

人生の闇と悪夢を描出したフリードキン版

そしてようやく、フリードキン版『恐怖の報酬』を銀幕の大画面と大音響で鑑賞することができた。

恐怖の報酬【オリジナル完全版】 サブ7

前半は4人の男たちがそれぞれ罪と罰を背負って逃亡し、南米へ流れつくまでの生活描写などが丁寧に描かれている。これによって後半のニトロ運搬地獄も単なるサスペンスではなく、あたかも人生の闇の奥へとトラックで突き進んでいくかのような情緒を漂わせているのだ。

また同じ中米が舞台でも、クルーゾー版が灼熱の乾いた暑さを強調していたのに対し、フリードキン版は密林湿地ならではのジメジメ感を前面に押し出している。

その鬱陶しいまでの情緒もまた、人生に敗残した男たちの鬱屈感を悪夢的に醸し出すことに貢献しているといっていい。

思えばフリードキンはもとより、フランシス・フォード・コッポラ、マイケル・チミノなど70年代に台頭したハリウッドの若手映画作家たちの多くは、成功の栄華を経て狂気の域に突入し、やがて悪夢のような酷評に伴う転落を余儀なくされるという憂き目に遭っている。

そこには商業性優先のハリウッドに作家性をもって挑み、翻弄されていく映画作家たちの忸怩(じくじ)たる想いと、それでも生き残るべくもがき苦しみ続けた執念の双方を痛感させられるのだ。

フリードキンも本作の後、『ブリンクス』(1978年)『クルージング』(1980年)など本調子とはいえないまでも佳作とは呼んでもさしつかえない作品群を撮り続け、1985年の『L.A.大捜査線/狼たちの街』で復活を遂げる。それ以降も70年代の華やかな雰囲気こそ削がれたものの、逆に肩の力を抜いて撮りたいものを撮り続けるという姿勢で今日に至っている。

そんな彼の運命を大きく揺るがせた『恐怖の報酬』をようやく観ることができた私たちは、今こそ彼に“栄誉の報酬”を送るべきだろう。

恐怖の報酬【オリジナル完全版】 サブ9

ちなみにフリードキン版を観た直後、クルーゾー版をDVDで観直したら、正直前半部が長く感じた。

実は現在ソフト化されているクルーゾー版『恐怖の報酬』は148~149分の完全版なのだが、日本で初公開されたものは130~131分の国際短縮版だったのだ。しかも当時の批評を読むと、「畳みかける緊張感!」とでもいったテンポの良さや全体の構成の巧みさを絶賛しているではないか!

つまりは『恐怖の報酬』という作品にもっともふさわしいランニングタイムは、120分から130分といったところなのかも……。暴論を承知で、ふとそう思ってしまった次第である。

(文・増當竜也)

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