ホラー映画と聞いてあなたは、どんな作品を想像するだろうか。幽霊? 超常現象? 怪物? 殺人鬼? そのイメージは、各人の映画経験値によっても大きく変化するだろう。

クラシックなタイプのスリラーも、血まみれのスプラッターも、「恐怖」を生み出すという意味において、同じホラーの範疇に入る。行きすぎたホラーは笑いを呼ぶし、深すぎるホラーは社会派映画にもなる。

ホラー映画の歴史は一筋縄ではいかないが、ここにその歴史を大幅に更新する一本が登場した。決して派手な作品ではないが、観た者は必ず脳内リピートを繰り返し、それだけでは我慢できなくなり、再び劇場に向かうことになるだろう。

やみつきになってしまう。それが『ヘレディタリー/継承』(11月30日公開)の「呪い」である。

それは絶望のジェットコースター

本作はアメリカ映画である。キャストははっきり言って地味だ。監督もまだ無名。だが、吸引力がハンパない。古典的とも言える肌ざわりで映画は始まるが、やがて、体験したことのない新次元に突入していく。物語はこんな感じである。

祖母が死んだ。かなり個性的な人物であったらしい。彼女の存在に振り回されてきた一家は、祖母の不在によって解放されるどころか、逆におかしくなっていく。その壊滅的なありさまを描く。

……と、本作のあらすじを読むと、「なんだ、シリアスなホームドラマじゃないか」と思うかもしれない。たしかにこれは家族劇でもある。タガが完全に外れてしまった家族が、どうすることもできずに、おかしくなっていく。だが、それはあくまでもフォーマットにすぎない。

家族というきわめて曖昧な「器」の脆さをとことん活用して、奇怪な出来事の数々を封じ込める。だが、脆弱な「器」は、だだ漏れしはじめ、取り返しのつかない現象が溢れ出し、荒れ狂うことになる。

ストレスが爆発するのではなく、ポタポタと滴り落ちる。その、たとえば失禁にも似たとめどない絶望感は、体験する者すべてを、後戻りのできないジェットコースターに監禁するだろう。

(C) 2018 Hereditary Film Productions, LLC

人間なんて、ただの「おもちゃ」だ

タイトルに明示されているが、超問題人物だった祖母は、この世から消えることで、とてつもない「種」を遺した。それが何であるかを、決してここでは書くわけにはいかないが(もし書いたら、わたしは死んでしまうだろう)、いずれにせよ「種」は継承され、芽吹き、花を咲かせ、やがてあってはいけないはずの実を結ぶ。そう、連鎖は止まらない。

とにかく怖いのは、キーパーソンである少女の顔だ。老婆を思わせるその顔。少女と老婆は、本作に限らず、非常に近しい関係にあるが、少女と老婆のあいだに横たわるものを、この映画はビジュアルという非常にダイレクトなもので一刀両断にする。老婆も怖いが、少女も怖い。この映画を観終わったとき、あなたはトラウマを二つ抱えることになるだろう。

もう一つ、とてつもない恐怖を喚起するものに、この世界と人間をあたかもミニチュアのように捉えた冒頭のシーンがある。ミニチュアというモチーフは劇中でも繰り返されるが、そこに明確な答えがあるわけではない。

ただ、これは、どんなに悲劇的なことが起きようが、どんなに陰惨な末路を辿ろうが、人間どもが体験することなど、人間以外の存在にとってはどうでもいいことであり、せいぜい「玩具」程度のものでしかない、という視点なのではないかと思う。

(C) 2018 Hereditary Film Productions, LLC

人間がおもちゃにされている。そんな底知れない気持ちになる本作。誰に? 悪魔に? 神に? それとも? わたしたちの苦悩も悲しみも、結局わたしたちよりも全然「巨大ななにか」に翻弄されているだけにすぎないとしたら……これ以上、書くことはもう許されない。気がつけば意識改革されている作品。観る前と、観たあとでは、タイトルの感触も間違いなく変化するだろう。

(文/相田冬二@アドバンスワークス)