映画評論家の評論をまとめたサイトRotten Tomatoesで87%もの高評価を受けた『イット・カムズ・アット・ナイト』が11月23日(金・祝)に公開されます。監督は、長編デビュー作『Krisha』(2015年/日本未公開)で様々な新人賞を総ナメした新鋭トレイ・エドワード・シュルツ。

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『イット・カムズ・アット・ナイト』撮影風景より、トレイ・エドワード・シュルツ監督

この新進監督の才能を見つけて制作を担当したのは、『イット・フォローズ』(2015年)の製作陣と近年大注目の映画会社A24。設立以来わずか数年のうちに発表した『ムーンライト』(2016年)が第89回アカデミー賞で3部門受賞を果たし、ただ今日本で公開中の『ア・ゴースト・ストーリー』や『アンダー・ザ・シルバーレイク』なども話題沸騰中です。

メジャースタジオを蹴落とす勢いのインディペンデント系スタジオであるA24と、1988年生まれの若き監督が世に放つ『イット・カムズ・アット・ナイト』は、一体どんな作品なのか? トレイ・エドワード・シュルツ監督との電話インタビューを元に紹介します。

監督の父の死から生まれた物語

イット・カムズ・アット・ナイト

人類を滅ぼす謎の病原菌が猛威をふるう世界。“イット(それ)”の感染から逃れるため、森の奥深くの一軒家に住む父ポール(ジョエル・エドガートン)、母サラ(カルメン・イジョゴ)と17歳の息子トラヴィス(ケルビン・ハリソン・ジュニア)の3人。家の外ではなにが起こっているのか不明ですが、家族を守るために外界とは接触しようとせず、父ポールの定めた規律にのっとって、息をひそめるように生きる毎日。ところが、ある日、訪問者が現れます。彼の名前はウィル(クリストファー・アボット)と言い、妻キム(ライリー・キーオ)と幼い息子アンドリュー(グリフィン・ロバート・フォークナー)のために水を探しに来たというのですが……。

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悲惨な暴力から始まる映画の冒頭。実はこのシーンにはシュルツ監督のパーソナルな経験が込められています。監督の両親は離婚しており、監督は心理セラピストの母親と再婚相手の義父の下で育ちました。

実の父親は長年ドラッグやアルコール中毒に苦しみ、シュルツ監督とは7年もの間疎遠になっていたのだとか。ところが、父親がガンに冒されてしまい監督は彼を看取ることに。このとき、父親はものすごい後悔の念に苦しめれていたのだとか。そして、監督もまた、父親の死を一緒に迎えることで人生観が一変したのだそう。

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『イット・カムズ・アット・ナイト』撮影風景より

「死に際まで父と一緒に過ごしたことで、人生を見る目が変わった。自分の生涯で一番大変な時期でしたね……。映画のオープニングでサラが彼女の父にかける言葉がありますよね? あの言葉は私が父に伝えた言葉なんです」と振り返る監督。

父と死の床で一緒に体験した“知らざるものへの恐れ”。それは、死の恐怖であり、過去の悔恨であり、家族への謝罪であり、自分への怒りであり、とてつもなく大きな哀しみでもありました。父親の死の2ヶ月後、3日間で脚本を書き上げた監督にとって、この物語を作ることは非常な痛みをともなったに違いありません。ですが、どうしても、監督の感じた“イット”を表現したかったのです。

“イット”はひとつじゃないーー

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本作には元教師で厳格な父親ポールと若い父親のウィルが率いる2組の家族が登場します。この2人の父親たちはそれぞれに家族を愛し大切にしていますが、家族への接し方が対照的です。

ポールは感情を抑えて家族を統率することが家族を守ることだと信じていますが、一方、ウィルのほうは、豊かな感情を見せ生活を楽しむことも愛情だと思っています。ポールの息子トラヴィスにとっては、そんなウィルやキムの仲むつまじさが新鮮で刺激的。

「ポールとトラヴィスが住む世界は恐怖や妄想に満ちていて、本来の“家族らしさ”や“幸福”といったものが欠落しています。そこに、ウィルの家族が“希望”や“エネルギー”を持ち込んだ。そこからポールとトラヴィスの関係が変わっていきます」と説明する監督。

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いままではポールというロールモデルしかいなかったのに、ポールとは正反対のウィルの登場が、トラヴィスのアイデンティティを揺がせます。ポールのような男になりたいのか、ウィルのような男になりたいのか――。父親が決めた規則に従って生きていくことに疑問を感じ始めるトラヴィス。ウィルと彼の妻に対してトラヴィスが抱く“憧れ”や“好奇心”といった感情が、トラヴィスの“自己探求”の渇望へと変化していきます。トラヴィスにとって、“イット”は“自我の目覚め”でもあるのです。

映画を観る人の視点によって、変わるであろう“イット”の意味。だからこそ、登場人物や伝染病についてのディテールがあえて明確に語られていないのかもしれません。

「もちろん、私バージョンの答えはあります。しかし、映画の最後に答えを全部見せて、すぐに忘れられるような物語を作りたくはなかった。観た人には映画の余韻に浸って色いろと考えてもらい、自分なりの答えを見つけてもらいたい。答えはひとつじゃなくてもよいと思っています」と監督。

実はホラー映画じゃない!?

人間の疑心暗鬼や恐怖を描いた心理スリラー、終末世界を描いたサスペンス、家族の愛情を描いたファミリードラマ、一人の少年の成長を描いたヒューマンドラマでもある本作。ただし、ポールの家は不気味な闇に包まれており、誰の部屋がどこにあるのか、その構造が皆目わからず、狭いようで広く、底知れぬ深さを感じさせます。

家にある長い廊下や赤いドアは、ホラー映画のようなセッティングで、スタンリー・キューブリック作『シャイニング』(1980年)の迷路のような家を想起させますが、監督曰く、『シャイニング』のほかににも、ジョン・カーペンター監督作『遊星からの物体X』(1982年)、ラース・フォン・トリアー監督作『メランコリア』(2011年)、エレム・クリモフ監督作『炎628』(1985年)など、SFホラーや戦争映画にもインスパイアされたのだとか。

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物語性、芸術性、作家性においてエッジの効いたセンスを見せながらも、スクリーンから目が離せない一級のエンターテイメントに仕上がった傑作『イット・カムズ・アット・ナイト』。きっとA24も、この作品のジャンルづけには頭を悩ませたに違いないでしょう。

「A24はアーティストを尊重してサポートしてくれる素晴らしいスタジオ。でも、ひとつだけ不満があるとすれば、この映画を“ホラー映画”としてマーケティングしたことかな(笑)。クレイジーなホラー映画だと期待して映画館に来た人達はがっかりするかもしれないね(笑)」

(取材・文/此花さくや)

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