文=赤尾美香(音楽ライター)/Avanti Press

英国のロック・バンド「クイーン」と、同バンドのリードボーカル「フレディ・マーキュリー」の物語を描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒットしている。日本より1週間早く公開されたアメリカでは、音楽関連の伝記映画として歴代2位の興収を記録したというニュースが入ってきた。

これまでの2位はジョニー・キャッシュ(米音楽史に名を残すシンガー・ソングライター)と彼の妻ジューンを描き、リース・ウィザースプーンにアカデミー主演女優賞をもたらした『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(2005年)。

『ボヘミアン・ラプソディ』は歴代1位の『ストレイト・アウタ・コンプトン』(2015年:米西海岸の伝説的なヒップホップ・グループ、N.W.A.の紆余曲折を追った)にはまだ及ばないものの、これは予想外のヒットと言っていいだろう。

『ボヘミアン・ラプソディ』 (c)2018 Twentieth Century FOX

評論家には嫌われ、ファンには支持されるバンド

公開前から現在に至るまで、アメリカの映画/テレビ批評サイト「ロッテン・トマト」の点数は60点そこそこ。しかしながら、実際劇場に足を運んだ観客の評価は90点を超えている。こんなところまでクイーンらしいな、と思ってしまう。評論家には嫌われ、ファンには支持されるバンドなのだ。

日本でも『ボヘミアン・ラプソディ』は、公開2週目の週末に1週目をさらに上回る興収を上げて2週連続1位を獲得し、順調にヒット中。すでに興収30億円が見えたとも言われている。

筆者のSNS上にも連日クイーンや『ボヘミアン・ラプソディ』関係の投稿や関連記事のシェアが並び、「次は応援上映に行く」「2度目は極音で観たい」などのリピート宣言が後を絶たない。実際すでに2度目、3度目を観た友人も複数いる。

「この熱狂ぶりは一体なんなのだ!?」と、クイーン・ファンの末端にいて、かつては洋楽専門誌『ミュージック・ライフ』編集部に在籍していた私ですら驚いてしまうほどだ。

『ボヘミアン・ラプソディ』 (c)2018 Twentieth Century FOX

定員オーバーで入れない人が続出した完成披露試写

『ボヘミアン・ラプソディ』の日本公開が正式に発表されたのは今年5月。その頃にはすでに、シネコンの壁にポスターが貼られていたのを覚えている。超大作でもあるまいし、半年も前からポスターが貼ってあるなんて珍しいな、と思いながら眺めていた。

でも、それを見て私は、映画公開タイミングに合わせてムック本(シンコー・ミュージック・ムック『MUSIC LIFE Presents クイーン』)を制作したいと思ったわけだから、他にもポスターを見て、かつてクイーンに夢中だった頃の自分に想いを馳せた人もいたのではないだろうか。劇場で本編前にかかる予告編にも同様の効果はあったはずだ。

それから数ヶ月がたった10月25日。六本木の映画館で大々的に行なわれた完成披露試写会では、定員オーバーで入場できない人が続出した。完成披露試写前のマスコミ試写がなかったのでプレス関係者もこの日に集中したことが要因の一つだが、日本のクイーン・ファンの熱意は凄まじい、という事実も忘れてはいけない。

通常この種のイベントでは、空席を目立たせないため多めに招待通知を出す。しかし、どうしたらいち早くこの映画を観ることができるのか、必死に試写に応募するクイーン・ファンの様子をブログなどでチェックしていた私は、試写状を手にしたファンがドタキャンするなどほぼありえないだろうと思っていた。歩止まりを読むのは難しかったと思うが、日本のクイーン・ファンを侮るな、ということだ。

『ボヘミアン・ラプソディ』 (c)2018 Twentieth Century FOX

ティーンの女子を洋楽ロックの世界に導いた最大の功労者

私がクイーンに目覚めたのは1977年のことだ。まだ小学生だったから、当時の彼らが日本のファンからアイドル視されていたかどうかは、よくわかっていなかった。ラジオっ子だった私は、それまでにもクイーンの曲をいくつか聴いて知ってはいたが、「伝説のチャンピオン」で雷に打たれた。近所のレコード屋でドーナツ盤を買い何度も繰り返し聴いた。外国のロックに夢中になるなんて、大人の階段を1歩上がったくらいの気持ちでいた。

クイーンを日本に紹介し、人気を盛り上げる旗振り役だった『ミュージック・ライフ』(以下、ML)の元編集長、東郷かおる子氏によれば「当時、日本で小学校高学年から中学生くらいの、洋楽の入り口に立っている女の子たちを導いた最大の功労者は、ベイ・シティ・ローラーズとクイーン」ということになるのだが、まさに私もそんな中の1人だった(ローラーズに興味はなかったが、と書き添えてしまうあたりがクイーン・ファンのプライド)。

『ボヘミアン・ラプソディ』 (c)2018 Twentieth Century FOX

「クイーン人気は日本から火がついた」説の真偽とは?

1976年、2度目の来日時の『ML』インタビューでメンバーは、日本におけるクイーン・ファンの大半を女子が占めていることや、年齢層が低いことに困惑を隠さず「日本の一般的なロック・ファンが僕らの音楽をどう思っているのか気になる」「これからはもっと幅広い層にアピールしたい」などと語っているが、これは欧米のファンと比較してのこと。

よく「日本から人気に火がついた」とされるクイーンだが、実際は必ずしもそうではない。本国イギリスで1974年3月にリリースされたセカンド作『クイーンⅡ』が全英2位、続いて同年11月にリリースされたサード作『シアー・ハート・アタック』も全英2位を獲得、『シアー・ハート・アタック』からのシングル「キラー・クイーン」も全英2位を獲得と、立派な成果を挙げているし、ツアーでの動員も着実に増やしていた。

ただし、デビュー時からずっとそうだったように、この期に及んでも評論家ウケは良くなかったのである。そのことにメンバーは深く傷ついていた。そこに持ってきての日本での大歓迎ぶりに、メンバーが感激しないわけはない。1975年の初来日時は約1,200人のファンが羽田空港でバンドを出迎えた。

実は、日本においてもクイーンを胡散臭いものとして決めつけていた評論家やメディアはいたが、そんなものを寄せ付けないほどのイケイケ・パワーで『ML』がファンを扇動し、熱狂の渦を作り上げたのだ。

『ボヘミアン・ラプソディ』 (c)2018 Twentieth Century FOX

男性リスナーを蹴散らした女子パワーと“アイドル”のレッテル

けれど、その結果としてクイーンには、“アイドル”のレッテルが貼られた。『ML』とて音楽性をないがしろにする意図は毛頭なかったが、雑誌というメディアであるかぎり、効果的なのは写真のインパクト。

4人揃ってのスラリとした王子様ルック、きらびやかな衣装、ミステリアスな雰囲気は女子の興味を引くに充分で、いったん引かれた女子のパワーたるや強烈。「ギターのテクニックや楽曲構成など、音楽面からクイーンを語ろうとする男子を蹴散らした」と、東郷氏は振り返っている。

先日、音楽業界S先輩と『ボヘミアン・ラプソディ』の話をしていたのだが、彼は大学生の時に友達と1975年のクイーン初来日公演に行き、「こんなに女の子ばっかりなのか!」と驚き、「もういいや」と思ってしまったそうだ。

『ボヘミアン・ラプソディ』 (c)2018 Twentieth Century FOX

つもりにつもった女子ロックファンの怨念が爆発!?

そういう男子は多かったようで、その後、仕事でクイーンに関わるようになったS先輩はさておき、隠れファンを決め込んだ男子──いや隠れているだけならいいが、カモフラージュのためなのか「男のくせにキラキラ、ひらひらした衣装なんか着て」だの「あんなもんはロックじゃない」だの「フレディ、気持ち悪い」だの、クイーンを貶めるような発言をしていた男子が『ボヘミアン・ラプソディ』を観たとたん、「クイーン最高」とか「昔から好きだった」と偉そうに言うのをいまいましい思いで見ている女性ファンも少なくない。

音楽業界外の集まりでも、そんなお姉様方の怒りに触れた私は、『ボヘミアン・ラプソディ』のヒットには、かつて男子に大好きなクイーンを揶揄された女性ファンの怨念も加担しているのではないか、と思ったほどだ。

言い換えれば、それだけ彼女たちは誇り高くクイーンを愛していたのだ。誰が何と言おうと、かっこいいはかっこいいし、好きは好き。別にルックスだけで好きになったわけじゃない。音楽も重要だし、歌詞も読み込むし、インタビューの発言だって一言一句読み逃さない。メンバーと誰かのラヴラヴ写真が雑誌に掲載されれば胸を痛め、フィルム・コンサートでは、ラヴラヴ写真掲載の是非についてファン同士が議論を交わしたとも聞く。なんと純粋なことか!!

それでいて、メンバーの外見的特徴やキャラクターをいじって楽しむことには寛容で、『ML』の読者投稿欄はクイーンのネタで賑わった。もちろん、女性ファンの気迫にひるまなかった男性ファンも、存在はした。

『ボヘミアン・ラプソディ』 (c)2018 Twentieth Century FOX

健気だった自分の想いをギュッと抱きしめて、涙

今回の『ボヘミアン・ラプソディ』ヒットの要因はいくつかあるが、そのうちの一つは、かつて男子のロック好きにバカにされながらも一途な思いでクイーンを愛し、けれど数十年の間にロックの“ロ”の字とも無縁になっていた元女子ファンを劇場に呼べたことにある。

巨額を投じた宣伝力の賜物と言ってしまえばそれまでだが、そうやって劇場で『ボヘミアン・ラプソディ』を観た元女子ファンに、「これが、あなたが好きだったクイーンというバンドだよ。フレディはここにいるよ」と語りかけ、その世界に引きずり込んでいく映画自体の訴求力が半端ではなかった。

そして、彼女たちは思い出すのだ。あの頃、クイーンに夢中になり、メンバーの滑った転んだに一喜一憂し、揶揄されどもめげず、むしろ揶揄されればされるほど、「あんたたちに何がわかる!?」「彼らの魅力がわからないなんてかわいそうに」とばかりに自らの誇りを高くしていった、健気な自分を。

『ボヘミアン・ラプソディ』を観た人が流した涙は、そこにある音楽やドラマの力によるものだけではない。映画によって開かれた青春の1ページに描かれた健気な自分の想いをぎゅっと抱きしめたらこぼれてしまう、そんな涙もあるはずだ。

『ボヘミアン・ラプソディ』 (c)2018 Twentieth Century FOX