文=関口裕子/Avanti Press

人を斬るために作られた一本の刀。それを見つめる浪人、都築杢之進(池松壮亮)。250年間、戦のなかった江戸時代末期、食うに困った武士の中には農家の手伝いをしながら糊口をしのぐ者もいた。杢之進もそんな一人。しかし、開国論を巡って国中が揺れた時、再び刀の出番がやってくる。

塚本晋也監督の『斬、』はそんな時代を背景に、戦を目の前にした人間心理を濃厚に描く時代劇だ。

類まれな剣の才能を持ちながら、人を斬ったことのない杢之進。彼と共に田舎を出て剣で一旗揚げたいと願う農家の息子、市助(前田隆盛)、その姉で杢之進と惹かれ合うヒロイン、ゆう(蒼井優)。そして杢之進と市助を連れて、世の大事にはせ参じようとする武芸者、澤村(塚本晋也)。迷い、怯え、戦い、悲しみ、愛し、欲情し、裏切り、傲慢にふるまう。舞台は小さな農村だが、彼らの言動はまるで国の縮図のように見え、聞こえる。

『斬、』の塚本晋也監督

蒼井は本作を観て、「人間の色気と愚かさのバランスを感じた」という。「色気と愚かさ」を感じる映画とは、どんな作品なのか? 蒼井の言う「色気と愚かさ」とはなにか? 塚本晋也監督にうかがった。

一日で書いた“美しい”プロット

『斬、』11月24日(土)よりユーロスペースほか全国公開!
(C)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

Q なぜ時代劇を撮ろうと思われたのでしょう? 本作の発想の元となった「一本の刀を過剰に見つめる若い浪人」というイメージは、だいぶ前から温めていたそうですが。

一番大きな理由は、戦のない時代が250年間続いた幕末と、75年戦争のない時代が続く現代が、似ているように感じられたことです。開国論で国が二分し、日本全体が揺れ、徐々に血なまぐさくなっていった幕末。そんな過去を見ることで、今を考えることができる時代設定をと考えて、幕末を舞台にしました。

Q プレス資料には、池松さんも、蒼井さんも、監督から渡されたプロット(脚本の骨子をまとめたもの)を「本当に美しい」と表現されています。どんなプロットだったのでしょう?

池松壮亮さん主演で時代劇を撮りたいと構想し、どう切り崩していくか考えていたら、なんと、事務所からご挨拶の連絡をいただいたんです。俳優さんたちの熱量をすくい取る、夏の映画として考えていましたが、もちろん池松さんの直近の夏のスケジュールは埋まっていました。そうだよなと思っていたら、急にスケジュールが取れるとご連絡をいただき、すぐに時代考証の大石学先生と話し、翌日にはプロットをあげて、次の日には一稿を書きました(笑)。スケジュールをいただいた段階では、まだなにもできていなかったんですが、今だから撮るべきだという思いは強くありました。

『斬、』11月24日(土)よりユーロスペースほか全国公開!
(C)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

小さな村が世界の縮図?

Q 農村で市助に稽古をつけながら農作業を手伝っていた杢之進を誘い、澤村は江戸に出ると言います。具体的に二人は何をしようとしているのでしょうか?

澤村は、腕を見込んだ杢之進を誘い、いったん江戸に集合し、京都で起きている動乱に参加しようとしています。新選組みたいに。新選組も、武士じゃない人々まで集めて、幕府に異を唱える人々を取り締まって、ぶった斬った血なまぐさい集団ですよね。江戸に入ってこようとする勢力を、事前に止めようとしています。結局、戦争になりますが、その前に『七人の侍』の勘兵衛みたいに腕の立つ浪人を集め、鎮圧部隊に加わって、武勲をたてて、抜きんでようと野心を持っています。

Q 新聞も、インターネットもない時代。人が持つ情報の差は大きかったでしょうね。

でも世の中が濃密だったので、江戸へ侵攻して来るだろうことは、農村にいた杢之進にも伝わっていたと思います。彼はもともと武士であり、武士の本分を全うする覚悟がありましたから。

『斬、』11月24日(土)よりユーロスペースほか全国公開!
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Q その農村に野武士の集団がやってきます。助けて欲しいという村人に澤村は、「大事の前の小事」と耳を貸さず、江戸に発とうとします。

あの村で起こることは世界の縮図なんです。外交能力のある杢之進はスッと野武士たちの懐に入りますが、村人は皆、恐ろしい顔をしているから“悪人”だと決めつける。ヘイトの心理ですね。澤村は、自分の部下になった農家育ちの若者が野武士にちょっかいを出されたからといって、必要以上の暴力で報復してしまう。そこから始まる悲劇は、今の時代の縮図として描いたつもりです。澤村は、民衆を考えているようで、実は考えていない。そんな矛盾が露骨に見えますよね。

『斬、』11月24日(土)よりユーロスペースほか全国公開!
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俳優にとって重要な能力は?

Q それぞれの役に込めた思いは、俳優さんにも伝えるんですか?

蒼井優さんには、『野火』(2014年)からの自分のテーマをお話しました。蒼井さんは、想像通り、芝居への集中力がすごい上、現場との関わり方がニュートラル。映画の作り手として、演じる以外のことにも協力してくれました。お茶目で恥ずかしがり屋さんなところは、僕と似ています。

池松さんとは初めてでしたが、(事務所を通して)ラブラブメッセージを送り合った仲ですので(笑)、リハーサルでも役の内容を話すというより、とにかくやっていただいて、お互いに大きな思い違いがないかだけ確認した感じです。

『斬、』11月24日(土)よりユーロスペースほか全国公開!
(C)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

Q 説明のないシンプルな脚本だったそうですが、その分、どのようにも読み取ることができ、演じるのは難しかったのではないでしょうか?

読み取り能力は俳優さんの重要な才能です。演技未経験者を起用する時は別として、活躍されている俳優さんは、僕より素晴らしいものをたくさん持っているので、なまじっかつまらない演出をして、その芽を摘んでしまわないように、どうぞご自由にというスタンスです。セッションというか。

Q お二人とも現場で「幸せだね」と言い合い、特に蒼井さんは「監督に出会ってしまったことが幸せ過ぎて不幸」とおっしゃっていたとか。

こちらこそ幸せでした。

『斬、』の塚本晋也監督

Q 池松さんは杢之進を、「僕が20代で考え続けてきたこと、取り組んできたこと、時に混乱しながらも模索し続けてきたことが、この役に集約されているように感じた」とおっしゃっていますね。

池松さんは、この脚本をすごく喜んで、最初に感じた印象を映画に叩き込んでくれました。

最初からそのつもりで書いていたわけではありませんが、ゆうは何人かの人間が集約されたキャラクターになっています。蒼井さんは伝えなくてもそれを感じ取っていたようで、インタビューで「撮影を通して一人で何人もの女性を演じている感覚がありました」と言っていました。最初は少女ですが、最後のほうのゆうは28歳くらい。そんなふうに感じました。

人の色気と愚かさとは?

Q 杢之進は、理想はあるけれどそれが明快になっていない上、そこに至る術をまだ持たない若者。澤村は、強引なまでの推進力を持つが目的のためなら手段を選ばない非情さがある支配側の人間。身内や好きな人を案じ、時に強気な発言をするけれど具体的な術を持たないゆうは、我々市民。彼らをそんなメタファーとして拝見しました。

ゆうは、弟や愛する人が戦に行くことは心配しても、怖い顔をした人たちがやってくれば、「悪者、怖い、やっつけて」と言う。そして彼らをやっつけた人はヒーローとなる。戦争も同じ。市民は戦場で起こっていることを知らないから、簡単に勝利の報道に万歳を叫ぶ。でも戦場では若者が肉体をぐちゃぐちゃにして死んでいるかもしれない。空襲され、実際に火の粉が降りかかるまで、イメージできないものなんでしょう。

『斬、』11月24日(土)よりユーロスペースほか全国公開!
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Q 『斬、』は、人を斬る話ですが、その物語の中で、杢之進は欲情し、野武士はゆうを襲います。産み出したいのか、殺したいのか? 人間とは本当に矛盾に満ちた存在だと思わせられました。

論理的にストーリーを組み立てるなら自慰行為は書かないんですが、感覚を優先させて書いたらああなりました。杢之進は好きな女性に触れたい気持ちがある一方で、バリバリに人を殺す能力を持つ。バイオレンスとエロはいつも一緒に語られますが、斬りたくないのに斬らざるを得ないというジレンマが、自慰に向かわせるんでしょう。実際はそのたびに杢之進は果てているのでしょうが、映画としてはなし。自慰行為はしますが、果てない。ぶった斬るまでは果てさせない。

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雨がじっとりと緑の葉を濡らす。刀が甲高い金属音をあげて光る。観客を煽情的に焚きつける美しい画に、うっとりと虜になる。『斬、』とは、頭ではなく、五感で受け止める映画だ。そうしてこそ自分なりのイメージを獲得できるように思う。生と死の間でどう生きるべきかあがく我々も、果てることのない欲望の途中にいるからこそ。