12月7日より公開となる『来る』は中島哲也監督のもとに、岡田准一、黒木華、小松菜奈、松たか子、妻夫木聡という主役クラスの面々が集結した話題作。強いてカテゴライズするなら、ホラーというジャンル分けは可能ながら、それだけでは全く安心できない不穏な空気が、映画そのものから漂っている。むせ返るような臭気は、何を物語っているのか。

本作は、詳細を述べるとたちまちネタバレに抵触してしまう危険物でもある。途中で爆発しないように、慎重にレビューしてみたい。

白昼夢が仕掛ける底なしの不安

こういう場合は、最初に結論を述べておいたほうが安全かもしれない。それ以上のことは述べずに済むからである。

この映画が、特異で、特例で、異形と言っていい理由。それは構成にある。もちろんインパクトのある描写も詰まっているし、力強い芝居も目白押しだ。

だが、それ以上に、ストーリーの運び方、出来事の展開方法が、異常なほど幻惑的だ。いや、眩惑的と言うべきか。単純に怖いのではなく、目が眩む。「びっくりしたなぁ、もう!」という、ショッキングな恐怖の提供ではなく、どこに連れていかれるのかわからなくなる眩さにヤラれる、ヤバい愉悦がある。

闇の恐ろしさではなく、光に包まれることで加速する不安。白昼夢が、容赦なく、グイグイ食い込んでくるようなパワーが本作の構成にはあるのだ。

そもそも『来る』というタイトルが眩惑的だ。何が来るのか? というドキドキもさることながら、「くる」という語感がさまざまな領域に呼び込む。

くる……狂う。まず、この響きが想起させるのは、狂気であろう。わたしたちは、ふれたら狂ってしまうかもしれない、その誘惑に震撼する。 

では、リフレインしてみよう。くるくるくるくる……ああ、もう駄目だ。めまいがする。何かが回転している。目には見えない大きな機械がローリングしている。わたしたちは、それに巻き込まれる。後戻りもできないほど、ズタズタにされる。もう、さっきまでの自分ではいられなくなる。 

『来る』というタイトルが仕掛ける罠は、聴覚を底なし沼に突き落とす。

(C)2018「来る」製作委員会

次から次へと主人公が「来る」

さあ、結論は終わった。本題に入ろう。映画の冒頭では、ある回想が描かれる。子供のころの忌まわしい想い出だ。

回想しているのは、ひとりの青年。普通なら、彼が主人公だと思うだろう。映画も当初は彼を主人公のように描いている。彼は結婚し、子供に恵まれ、やがてブログに育児日記を記すことが生きがいになっていく。歪な欲望、薄っぺらな内面。そんな第一の主人公、田原秀樹を妻夫木聡は、含みのないフラットな軽薄さで演じている。軽い。軽すぎるほど軽い。

だが、そんな彼にある災難が降りかかる。そうか。きっと、彼はこの災難を乗り越えることで成長するのだ。夫として、父として、そして男として。そんなありきたりの妄想は呆気なく裏切られる。そんな凡庸な道を本作は辿らない。

(C)2018「来る」製作委員会

この映画は、誰が主人公なのかがわからなくなる映画だ。第二、第三の主人公が現れる。リレーのバトンが、意外なかたちで手渡される。もしくは、ラップバトルのようにマイクが強引に奪われる。ぶった切られるように、主人公がその都度、変わっていく。

語り手が複数存在する小説はよくある。あるいは、タランティーノの映画のように、物語の断面を別な登場人物の目から、あらたに捉え直す視点の重層化も珍しいことではない。本作の凄まじさは、主人公が増殖していくような破格の構成にある。

(C)2018「来る」製作委員会

田原秀樹は学生時代の友人、津田大吾に相談し、この災難を回避しようとする。民俗学者である津田は、自分の手には負えないと判断、オカルトライター、野崎和浩の力を借りることにする。ここでようやく、キャストの一番手である岡田准一が登場する。

だが、岡田扮する野崎は、この時点ではちっとも主人公らしくない。むしろ、野崎の相棒であるらしいキャバ嬢、比嘉真琴のほうがよっぽど「遅れてきた主人公」っぽい。ピンクのヘアにタトゥーの彼女だが、実は霊媒師であり、そのオーラは半端ない。小松菜奈の風格ある存在感も相まって、彼女なら田原秀樹の窮地を救うだろう、救うに違いないと、わたしたちは想像する。ところが、映画はそうはならない。とんでもないことになる。

(C)2018「来る」製作委員会

やがて、田原秀樹の妻、香奈に映画は焦点を合わせていく。黒木華扮する香奈の想定外の主人公っぷりが、観客の眼差しをどんどん混迷の淵に追いやっていく。

「おい、どうした? 野崎和浩、お前が主人公じゃないのかよ?」

そんな疑問符は、次なる主人公が出現することで、粉砕される。真琴の姉、貴子。彼女こそは、日本一の霊媒師。扮するのは松たか子。「いよ! 待ってました!」と思わず声をかけたくなるような格好良さ。

その頃には、第一の主人公、田原秀樹を忘れかけている。どうなってんだ、男たちよ。女3人に、完全に負けちゃってるじゃないかよ……。

(C)2018「来る」製作委員会

主人公が誰なのかわからない、世にも恐ろしいバトル・ロワイヤル映画は、とんでもない最終戦にもつれこむ。雌雄を決する事態は果たして起こるのか、否か。主人公はいたのか、いなかったのか。何が来たのか。誰が来たのか。それは劇場で確かめてほしい。ホラー嫌いも、必ずや眩惑されるはず。どんなに眩しくたって、目を瞑るな! 

(文/相田冬二@アドバンスワークス)