柳楽優弥。この名前は大げさではなく、ある種、伝説と化している。2004年、クエンティン・タランティーノを審査委員長とするカンヌ国際映画祭は、『誰も知らない』における彼の演技に、男優賞を与えた。柳楽は14歳だった。

 奇しくもそれから14年後の2018年、『誰も知らない』の監督、是枝裕和は『万引き家族』でカンヌの最高賞、パルム・ドールに輝いた。そして同じ頃、28歳になった柳楽は、是枝の下で監督助手経験を積んだ広瀬奈々子の監督デビュー作『夜明け』(1月18日より公開)を主演男優として支えた。

 柳楽は伝説化に抗うように、この14年を確かな足どりで歩んできた。『誰も知らない』の幻影など、もうどこにもない。『夜明け』には、彼が積み重ねてきた俳優としての鍛錬が確かに刻まれていると同時に、真新しい輝きを発見することができる。そう、これは柳楽優弥にとっても、一つの「夜明け」と呼びうるものなのだ。

(C)2019「夜明け」製作委員会

不完全さこそがわたしたちの心を掴む

身元不明の青年が川に倒れていた。材木店を営む初老の男は、青年を救出。自宅に住まわせる。どうやら何か後ろめたいことがあるらしい青年は事情を語ろうとはしない。男はそれも許容し、秘密を抱える謎の青年と一緒に生きていこうとする。

こうして設定と、冒頭のくだりを記せば、ヒューマン感動ストーリーを想起するかもしれない。しかし、映画はそんなふうには進んでいかない。広瀬監督が向き合うのは、男が抱える保護本能、そして失われた存在への渇望で、その危うい行方である。

疑似家族と呼べば聞こえはいいかもしれないが、これは実はかなり歪な人間関係である。映画は、見過ごされがちな、善意の裏側にある欺瞞を容赦なく浮き彫りにする。

(C)2019「夜明け」製作委員会

男を演じるのは小林薫。柳楽は、このベテランを前に、懐を預けるのではなく、彼から「感情を引き出す」ようなアプローチで、芝居を構築している。なぜなら、男の魂の危険な導火線に火を付けるのは、この青年だからだ。

隠し事をしている青年は周囲とのコミュニケーションもすんなりいかず、ひどく心許なく映る。実際、彼は揺れ動いているのだが、同時にギリギリの社会性を保つため、揺れ動きを最小限にするため、彼なりに必死に堪えてもいる。

この抑止しようとしながら、抑止しきれない不完全さが、誰かの本能を刺激してしまうということ。それを柳楽は、きわめて真っさらな演技で、物語の四隅に届くように体現している。

魅惑的なもどかしさが彼のオリジナリティだ

思わせぶりな見せ方はしない。ただ、じわじわと、何かが伝わってくる。それが何かはわからない。ただ、放っておけなくなるものがある。個人のアンバランスな状態が、それを見つめる者の心象をなんとなく揺さぶっている。気がつけば、わたしたち観客は小林薫扮する男のように、青年をなんとかしたくなっている。そう、青年に感情移入するのではなく、男に感情移入する。そんな誘い方を、柳楽優弥はしている。

彼は、映画では超然とした役どころが強い印象を残してきた。近年の『合葬』(2015年)にせよ『ピンクとグレー』(2016年)にせよ『ディストラクション・ベイビーズ』(2016年)にせよ、わたしたちは呆然と立ちつくすしかないほど、取りつく島のない存在感を発揮してきた。 

もちろん『銀魂』シリーズ2作(2017年、2018年)での意外なコミカルさが新たなファンを獲得しているのも事実だろう。だが、柳楽優弥といえば、やはり、あの容赦ないほどゴツゴツした人間の肌ざわりをゴロリと投げ出して、平気な風情ではなかったか。

そのときとは打って変わって、ほとんど弱々しいと言っていいナイーヴ極まりない演技を見せる『夜明け』は、この俳優の秘められた底力を垣間見せる。

(C)2019「夜明け」製作委員会

ひょっとすると、超然とした佇まいのキャラクターも、微細に揺れ動くキャラクターも、強弱で測るべきではないかもしれない。その印象は驚くほど異なるが、観客に安易に感情移入させないという意味では、そこに「柳楽優弥マナー」のようなものも感じるからである。

『夜明け』で、わたしたちは小林薫の存在を通して、柳楽優弥の微細な揺れを感知する。すぐそばに近寄りたいが、近寄れないもどかしさ。その魅惑にはやはり、柳楽独自のものがあるのだ。

(文/相田冬二@アドバンスワークス)