【町田雪のLA発★ハリウッド試写通信 ♯23】
「LA発★ハリウッド試写通信」では、ロサンゼルス在住のライターが、最新映画の見どころやハリウッド事情など、LAならではの様々な情報をお届けします。

アカデミー賞までのカウントダウンが始まるこの時期になると、ノミネート作品をめぐる推しのキャンペーンとともに、あらゆる角度からのクオリティ・チェックも激化する。特にSNS時代の今は、たったひとつの報道や投稿がノミネート作品に影響を与え、票の行方を左右することも。今年は、『グリーンブック』(3月1日公開予定)や『アリー/ スター誕生』といった好感度の高い作品においても、人種や性別による視点の偏りなどが指摘された。

そうしたなか、ノミネート作品中で最も複雑な状況にあるとされているのが『ボヘミアン・ラプソディ』だ。批評家たちの辛評、LGBTQコミュニティの懸念、監督のスキャンダルという壁が次々と立ちはだかるなか、それでもなお、オスカー受賞の可能性を感じさせるのはなぜなのか?

映画評論家VS一般観客

最初の壁ともいうべき米公開時の批評家たちの辛評は、同作のサプライズ・ヒットを語る上で欠かせない枕詞となっている。昨年11月上旬に米公開された当時、映画批評サイト「ロッテン・トマト」の評価は59%。主要メディアのレビューには、「型どおりで独創性がない」「まったくの期待外れ」という辛辣な言葉から、「フレディ・マーキュリーの偉業への侮辱」といった怒りのコメントまでもが並んだ。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』大ヒット中
(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

その後、同作は一般観客の圧倒的な支持を得て、「映画評論家VS一般観客」論争に発展。年明けのゴールデングローブ賞で作品賞(ドラマ部門)を受賞してなお、「どう考えても『アリー/ スター誕生』なのに、やはり(同賞を選出する)外国人記者クラブの好みは独特だ」という米メディアの反応が目立った。

とはいえ、そのゴールデングローブ賞で主演男優賞(ドラマ部門)を受賞したフレディ役のラミ・マレックは、それまでブラッドリー・クーパー(『アリー/ スター誕生』)やヴィゴ・モーテンセン(『グリーンブック』)、クリスチャン・ベール(『バイス』)らが本命と見られていた超激戦の主演男優部門において、一気にフロントランナーに。アカデミー賞ノミネーションも順当に獲得し、オスカー会員が多く所属する全米映画俳優組合の主演男優賞にも輝いた。

さらに、一時は完成が危ぶまれた企画を、秀逸なスキルで仕上げたエディターのジョン・オットマンも、米映画編集者協会が選ぶエディー賞(長編映画ドラマ部門)を受賞。フィルムメイカー仲間たちの賞賛を集めた同作は、いまや、作品賞、主演男優賞、編集賞を含むオスカー5部門の有力候補となっている。

もちろん、強力な後押しになっているのは、音楽伝記映画としては史上最高の興収8億ドルを捧げた世界中のファン。知名度の高い人気作品がノミネートされないことによる視聴者離れに悩む授賞式主催者側にとって、同作と10億ドル選手の『ブラック・パンサー』は、待ちに待った救世主だ。興行成績とオスカー票が比例しないことは過去の例で明らかだが、世界中のバズが、何らかのかたちでアカデミー会員の心理に影響を与える可能性も十分にある。

同性愛描写への賛否

同作の同性愛描写については懸念の声もあがった。フレディがエイズであることを告白した時期の脚色、自身のセクシュアリティを模索する姿の描写、同性愛の関係性における偏った視点など、さまざまな角度において「ゲイであること=ダークなこと」という印象を与えるという声だ。LGBTQを公言する批評家や発言者のなかでも賛否両論が起き、どちらの意見も説得力のあるものだった。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』大ヒット中
(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

同時に、同作で描かれたフレディの心の旅は、性的指向や時代にとらわれることのない「自己受容」というユニバーサルなメッセージを伝えるものでもあり、観た人がそれぞれのかたちで共感したのではないだろうか。

実際、中傷と闘うゲイ&レズビアン同盟(GLAAD)も、「『ボヘミアン・ラプソディ』は、LGBTQの象徴的存在でもあるフレディ・マーキュリーの生き様を、誇らしい同性愛者の主人公による映画や、HIVとエイズを正確に描いた作品に触れたことがなかった世界中の人々に届けた。その功績は否定しようがない」という力強い声明で、同作と製作チームへのリスペクトを示している。

立ちはだかる最大の壁

こうしたなか、オスカー当日まで立ちはだかり続けるであろう最大の壁が、同作の監督ブライアン・シンガーをめぐる問題だ。

撮影終了まで数週間という時点で解雇されたシンガーについては、これまでもキャストとの確執などが報じられてきたが、先日、米誌「アトランティック」が、未成年への性的暴行疑惑について複数の証言を交えて報じた(シンガー側は否定)。この記事を受けて、GLAADが主催するGLAADメディア賞は、本来ならば大本命であった同作を急きょ、ノミネーション対象から除外。「困難な決断ながら、疑惑自体と、それを報じたメディアに対するシンガーの態度を重く見た」としている。

第91回アカデミー賞候補者たちが一堂に会した昼食会での集合写真 (C)Troy Harvey / (C)A.M.P.A.S.
『ボヘミアン・ラプソディ』ノミネート 最前列左:グレアム・キング(作品賞)、2列目左から5人目、6人目:ジョン・カサリ(録音賞)、ジョン・ウォーハースト(音響編集賞)、4列目左から9人目:ジョン・オットマン(編集)、5列目左から3人目、9人目:ポール・マッセイ(録音)、ティム・カヴァジン(録音)、6列目左から5人目:ラミ・マレック(主演男優)
ちなみに日本人の候補者として、3列目左から2人目:齋藤優一郎、4列目左から7人目:細田守、6列目左から11人目:是枝裕和らの顔が見える

さらにこの件は、「クイーン」のギタリスト、ブライアン・メイがインスタグラムで謝罪する事態にも発展した。

メイのインスタグラムに「シンガーをフォローするのをやめたほうがいい」と忠告したフォロワーに対して、メイが発言を重要視しない返答をしたことで炎上。その後、メイが「“疑わしきは罰せず”と書いたことが、ブライアン・シンガーを擁護していると捉えられるとは思いもしなかった」「インスタグラムで誰かをフォローすることが、その人物を認めることにつながるとは思わなかった」とひたすら謝罪を重ねた。

フレディ役のマレックも、サンタバーバラ国際映画祭の舞台で初めてシンガーについて口を開き、疑惑の被害にあったとされる人々の想いに寄り添いながら、「ブライアンとの体験について声を上げたい人は、誰にでも話す権利があると思います」と発言。そのうえで「私自身にとって、ブライアンとの仕事は、まったく心地のいい経験ではありませんでした。今の時点で私が話せることは、それだけです」と打ち明けた。

フレディへの想い

芸術作品の評価と、そのクリエイターの不祥事や疑惑は切り離して考えられるべきか否か、という問いは永遠の課題であり、様々な意見があるだろう。オスカーへの投票権を持つ人々は今まさに、この問いに直面している。

こうしたなか、『ボヘミアン・ラプソディ』チームの想いは、自身が魂を捧げて演じたフレディ役がここまで評されても、「たった1人の本当のフレディ」に一貫して感謝と愛を捧げるマレックの姿に凝縮されているように思う。

フレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレック (C)Troy Harvey / (C)A.M.P.A.S.

ゴールデングローブ賞の受賞スピーチでシンガーの名前を出さなかった理由を問われたマレックは、舞台裏でこう説明した。「私たちがこの映画を通して、すべきことはただひとつ、フレディ・マーキュリーを祝すること。彼は素晴らしい人物です。たとえ何があっても、私たちが彼に愛と祝福と称賛を捧げることを阻むことはできないのです」。

*   *   *

個人的な話になるが、筆者が一日の多くを過ごす車内では、過去2カ月ほど、「クイーン」の楽曲がパワーローテンションしている。小学生の子どもたちとその友人たちは、それぞれにお気に入りの曲を持ち、歌詞を覚え、完全コピーできるほどだ。

そんな彼らは、まだ映画を観ていない。8億ドルのチケット売上には換算されない、こんな世界中の子どもたちが、これからも「クイーン」を歌いながら育ち、次の世代に伝えていくのだろう。そして日本では、70歳の母が同作を観た後にベスト・アルバムを購入したという。親子3代で、遅ればせながらの「クイーン」フィーバーである。

『ボヘミアン・ラプソディ』という作品は、映画が持つ無限の可能性を見せてくれた。アカデミー賞の行方はオスカーの神様にゆだねるとして、今はただ、その奇跡に感謝したい。

第91回アカデミー賞授賞式は、米時間2月24日(日)に開催される。