まもなく「平成」から「令和」へと新しく元号が代わろうとしているが、それ以前の「昭和」後期に活躍した監督の中に中島貞夫がいる。

特に1960年代後半から70年代にかけて、深作欣二や佐藤純彌らとともに東映の屋台骨を支えながら、任侠&実録ヤクザ映画の名作を連打し続けた名匠だ。一方で1980年代後半からは大阪芸術大学で教鞭をふるうようになり、その教え子の中から熊切和嘉などの逸材も生まれている。

しかしこの中島監督、かつては時代劇のメッカと謳われた東映京都撮影所の出身で、時代劇が衰退して久しい中、ずっと新作を撮りたいと望み続けていたのだ……。そして2019年4月、ようやく夢が叶い、全国にお披露目されるときがやって来た。

実に20年ぶりの長編劇映画『多十郎殉愛記』(現在公開中)は中島監督悲願の本格時代劇でもあるのだ!

幕末京都を舞台にした壮絶な“ちゃんばら”ドラマ

多十郎殉愛記

『多十郎殉愛記』は、新選組が猛威をふるっていた時期の幕末・京都が舞台となる。

貧乏長屋に住む清川多十郎(高良健吾)は尊王攘夷の思想に燃える長州藩の出身で剣の達人でもあったが、親が遺した借金から逃れるために脱藩し、今は大義も夢も希望もなく、ただただ無為な日々を過ごしている。

小料理屋の女将おとよ(多部未華子)は何かと彼の世話を焼いているが、そうした彼女の想いに気づいているのかいないのか……。

そんな中、腹違いの弟・数馬(木村了)が上洛してきた。同時に脱藩浪人の取り締まりを強めていた京都見廻組は多十郎の存在に気づき、新選組よりも先に彼を捕縛しようとする……。

多十郎殉愛記 サブ7

本作は生きる希望を見失っていた男が、やむにやまれぬ事情で再び剣を取り、愛する者たちのために戦うという悲壮なドラマを魅せるための殺陣=ちゃんばらの醍醐味をとくと味わわせてくれる快作である。

本作の上映時間は90分強だが、後半のおよそ30分は壮絶な立ち回りがメインになっていく。

しかし、それはただ単に派手なアクションを披露する見せ場=ショーとしてのちゃんばらでは決してなく、むしろ「なぜ剣を抜かねばならないのか?」という理由にこそこだわった立ち回りなのだ。

多十郎殉愛記 サブ2

また、それは同時に主人公の、そして周囲の者たちの心情をも露にしながら、痛切な感動を湧き上がらせていく。

まさに「これぞ本来のちゃんばら映画である!」と、中島監督は真摯に訴えているかのようだ。

キャスト陣も中島監督の意向に見事に応え、高良健吾は肉体を駆使した立ち回りから活きることや愛することの感情を巧まずして表現し、多部未華子はおきゃんな可愛らしさを伴わせながら修羅場からの脱出=生の希望を、愛する人への想いを胸にスリリングに体現していく。

決して派手ではない小品ではあるが、少なくとも見終えた後、なにがしかの感慨を観る者に与える作品であることは間違いないと断言できる逸品である。

多十郎殉愛記 多部未華子

そもそもアナーキーだった時代劇映画の復活

思えば膨大なフィルモグラフィを抱く中島貞夫監督ではあるが、これまでに彼が撮った時代劇映画はデビュー作の『くノ一忍法』(1964年)をはじめ『大奥(秘)物語』(1967年)(※)『女帝 春日局』(1990年)など、どちらかといえば異色作のジャンルに入るものが圧倒的に多い。※…正式にはマルの中に“秘”、読み方は「マルヒ」

恐らくは彼の時代劇の中で最大規模の大作『真田幸村の謀略』(1979年)も、特撮のみならずエロス&ドラッグ感覚まで導入し、最後には豊臣も徳川も関係なく虐げられた民=草の者たち(真田十勇士)が徳川家康の首を狙うというアナーキーな作品であった。

アナーキーということでは、彼の代表作の1本として讃えられる『日本暗殺秘録』(1969年)も桜田門外ノ変から226事件までの国内テロの歴史を追ったアナーキズム極まる名作であった。

そもそも彼の本領は『893愚連隊』(1966年)や『鉄砲玉の美学』(1973年)『狂った野獣』(1976年)などアナーキズムに裏打ちされたアウトローたちのもがきにあると思えてならないのだが、その伝では菅原文太を主演に迎えた『木枯し紋次郎』2部作(1972年)も時代劇代表として加えられるだろう。

こうした彼の資質は昭和の日本映画黄金時代に東映が連打していた豪華絢爛たる時代劇の本流から離れたもののように一見思える。

しかし、それこそ無声映画時代も含む戦前までの時代劇はアナーキズムに満ちたものが意外と多く、今に至るも多大な評価を得続けている。

その担い手のひとりが“時代劇の父”とも謳われる伊藤大輔監督である。

「移動大好き(いどうだいすき)」ともあだ名される彼は、当時としては斬新なキャメラワークを駆使して『長恨』(1926年)『忠次旅日記』三部作(1927年)『斬人斬馬剣』(1929年)など、とかく保守的定番の域に陥り泰時代劇に新風を巻き起こしていった。

こういった歴史的事実を中島監督自身、ドキュメンタリー映画『時代劇は死なず ちゃんばら美学考』(2015年)の中で紹介している。

そして本作は、まず伊藤監督への献辞から始まる。

つまり『多十郎殉愛記』こそは時代劇の真の原点回帰であることを、中島監督は伊藤監督へのオマージュとともに冒頭から堂々と掲げているのだ。

多十郎殉愛記 サブ4

実は20世紀に入ってから時代劇映画は徐々にではあるが再び作られるようになっていて、2019年は既に8本以上の作品の公開が決定している。

その中で『多十郎殉愛記』は平成最後の時代劇映画としてお目見えすることになりそうだが、これはいかなる意味を持つのか。

また新たな時代に見合った時代劇を温故知新の意欲で作っていこうとするベテラン(中島監督は現在御年84歳!)の気概を、ぜひとも堪能していただきたい。

(文・増當竜也)

(C)「多十郎殉愛記」製作委員会