「オランダの映画人」といえば、真っ先にポール・バーホーベン監督の名前が挙がるだろう。『氷の微笑』(1992年)、『エル ELLE』(2016年)などの作品で知られるバーホーベンは、ときに過激とも言える演出によってハリウッドにも進出した異才。オランダを代表する監督と呼んでも過言ではない。

だが、もう一人、忘れてはならない存在がいる。それがジョルジュ・シュルイツァーという監督だ。

彼もまたその手腕を評価され、アメリカ映画でも活躍した。リヴァー・フェニックスの遺作『ダーク・ブラッド』(1993年製作開始、2012年完成)も手がけている。

もはや、それなりのシネフィル(映画通)でなければ、その名を記憶しているのは少数かもしれないが、シュルイツァーの代表作は、ジェフ・ブリッジス、キーファー・サザーランド、サンドラ・ブロックが顔を合わせた1993年作品『失踪 妄想は究極の凶器』(以下、『失踪』と表記)である。当時、その巧みなストーリーテリングに、この監督の名を知らないまま、観客たちは魅了された。

実はこの『失踪』、シュルイツァー監督が1988年に制作したオリジナル作品『ザ・バニシング -消失-』(1988年)(以下、『消失』と表記)のハリウッド・リメイク版だった。そして今回、その『消失』が、約30年の時を経てついに4月12日より、日本で劇場初公開された。ジョルジュ・シュルイツァーの名前を、若き映画ファンたちが心に刻む絶好の機会が訪れたのである。

(C) 1988, Argos Film, Golden Egg, Ingrid Productions, MGS Film, Movie Visions. Studiocanal All rights reserved.

ハリウッド版を超える、オリジナル版の衝撃

日本のスクリーンで上映されるのは初めてのこととはいえ、『消失』は、ソフト化はされていた。『失踪』に衝撃を受けた映画オタクたちは、VHSテープ(当時はまだビデオの時代だった)で『消失』に遭遇し、この監督の真髄に打ち震えていたのである。

もちろん、観るひとによって好みは様々だが、「『失踪』もすごいけど、『消失』はもっとすごい!」、そんな絶賛が一部で吹き荒れた。

オランダにはとんでもない監督がいる! そう思い知らされたのは、『消失』に脈打つオリジナリティを目の当たりにしたときだったのかもしれない。

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観客の神経が、映画に支配される

本作のあらすじはこうだ。オランダからフランスへと車を走らせるカップル、レックスとサスキア。二人にとってそれは大切なバカンスのはずだった。だが、ある夢の話をきっかけに、ふたりはケンカをしてしまう。

しばし後に、二人は仲直り。互いが大切な存在だということを確かめあい、その絆を再出発させようとした矢先、彼女のサスキアが失踪してしまう。

サービスエリアで、飲みものを買いに行ったはずのサスキア。待てど暮らせど戻ってこない。レックスは必死の形相で探し回るが、手がかりはつかめない。目撃者はいるものの、彼女がどこに行ってしまったかはまったくわからなかった。

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それから3年。レックスには、新しい恋人もできていた。ところが、彼はいまもなお、街角に捜索願のポスターを貼るなど、失踪したサスキアの消息を追っていた。

ある日、テレビ出演したレックスは、テレビの向こう側にいるかもしれない犯人に向かって「真実が知りたいだけだ。どうか教えてほしい」と訴える。

犯人、レイモン・ルモンは、それを見た。そうして、レックスの前に現れる。二人きりの時間、真実が語られることになる――。

目が離せない、とはまさにこのこと。わたしたちは、この物語の類まれなる連続性にブチのめされ、心や脳というよりは、神経がずぶずぶと、映画の虜になっていく。作品に「支配される」、マゾヒスティックで、歪んだ愉悦がここにある。

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誰も見たことのない、衝撃の人間像

もともとがクソ真面目で前のめりな性格の主人公レックスは、愛する彼女サスキアが「消失」してから、なお一層、取り憑かれたように、幻影を追いかけていく。焦燥感のその先にある狂気に向かうほどに。彼が生きているのは、彼女が生きているかどうか、何をされたのか、そのことを「知る」ためだけ、と断言してもいい。

そんなレックスの前に姿を見せた犯人、レイモン・ルモンが、いかなる人物か。それを伝えることは慎まなければならない。だが、いわゆるわたしたちがイメージする凶悪犯とは似ても似つかぬ人間である。かといって、知能犯とも違う。

この映画の衝撃がどこにあるかを「一つだけ」言うとすれば、この、犯人の像である。

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繰り返しになるが、レイモン・ルモンは「悪魔」ではない。また、わかりやすくクレイジーなわけでもない。狂気に関しては、追いかけ続けている主人公レックスのほうが、はるかに上を行っていると言うべきだろう。

なかなか、表現はしづらいが、レイモン・ルモンは、屈折に屈折を重ねた末、透明な地平まで行き着いてしまった人物なのである。

わたしたちは、そのことを知ったとき、途方に暮れる。なぜなら、怒ることも、悲しむことも、さして意味はないことを悟るからである。

このような人間が存在する。ただ、そのことに愕然とする。しかも、わたしたちの理解の範疇を大きく逸脱しているわけでもない。そうではなく、きわめて人間的。だからこそ、観た者は、この映画が忘れられなくなるのである。

「オリジナリティが充満していると同時に、きわめて普遍的」という、空前絶後のキャラクター。これは、監督ジョルジュ・シュルイツァーが、大きな意味での人間観察を(おそらくは執拗なまでに)積み重ねてきた結果なのではないか。

この監督は、この、レイモン・ルモンという人物を創造しただけでも映画史に残る。シュルイツァーは2014年に亡くなったが、『消失』のレイモンは、わたしたちの脳裏に、永遠に残り続ける。

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スタンリー・キューブリックが「これまで観たすべての映画の中で最も恐ろしい映画だ」という言葉を残している本作。

ひょっとしたら、それ以上の感慨が、あなたの内部には芽生えるかもしれない。

(文/相田冬二@アドバンスワークス)