スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』(1968年)と比較されることも多いSF映画の傑作、アンドレイ・タルコフスキー監督の映画『惑星ソラリス』(1971年)。

ポーランド出身のSF作家である、スタニスワフ・レムのベストセラー長篇『ソラリスの陽のもとに』の映画化作品ですが、宇宙の未知なるものと遭遇した登場人物の心理的な描写が描かれており、道徳・哲学的な問題を提起する作品として、未だ根強いファンを持つ作品として知られています。

深い洞察力と独特の映画表現によって、それまでのSF映画に見られない新たな視点を描いた同作は、近年公開されているSF映画にも大きな影響を及ぼしています。

※『惑星ソラリス』『ペンギン・ハイウェイ』のネタバレを含みます。鑑賞前の方はご注意ください※

SF映画の最高傑作といわれている『惑星ソラリス』

舞台は近未来。海と雲で覆われた未知の惑星ソラリスを調査していた宇宙ステーションで異常事態が発生し、心理学者のクリスが調査のために地球を発ちます。

到着したクリスが見たものは、荒廃した宇宙ステーションと、狂気に囚われた科学者たち。彼らを怯えさせているのは、知性をもつとされるソラリスが起こす不可解な現象でした。調査を進めていく中で、クリスも数年前に自ら命を絶ったはずの妻・ハリーの姿を目撃するようになります。ソラリスの海には、人間の潜在意識から記憶を引き出して実体を伴う幻を生み出す力があったのです。

ハリーの死に悔恨の思いを抱いていたクリスは、次第に幻のハリーを愛するようになりますが、それが彼の良心を苛んでいき……というのが、『惑星ソラリス』の大まかなあらすじです。

過去・現在・未来が、まるで一緒に存在しているかのように描かれていく同作は、「宇宙では時空間を超えることができる」「宇宙からのメッセージは、未来からのメッセージ」というテーマ的要素も見えてきます。近年のSF映画でこれらの要素がよく扱われていることもそうですが、実際にこの映画が後の映画群に強い影響を与えているのは、さまざまなクリエイターたちが明らかにしています。

あの『ダークナイト』シリーズの名監督もソラリスの大ファンだった

『ダークナイト』シリーズで知られるクリストファー・ノーラン監督は、世界的大ヒットを記録した『インターステラー』(2014年)製作時に、『惑星ソラリス』から強い影響を受けたことをインタビューで語っています。

ソラリスは海で覆われた星ですが、『インターステラー』でも氷で覆われた謎の惑星が登場し、これは『惑星ソラリス』から受けたインスピレーションが関わっているのだとか。

主人公が未来の自分からメッセージを受けとるシーンや、時空を超えて宇宙を旅する姿は、『惑星ソラリス』で主人公クリスが過去や未来の幻影を見るシーンを思い起こさせ、「宇宙では過去も未来も一緒に存在していく」という惑星ソラリスの世界観と一致します。

また、クリストファー・ノーランの作品では、出世作である『メメント』(2000年)を始め『インセプション』(2010年)や『インターステラー』など、『惑星ソラリス』の主人公と同じように、主人公が妻を失っているという共通の設定があります。特に『インセプション』では、亡くなった妻の幻がたびたび主人公の前に現れて彼を惑わすシーンが描かれており、こちらも『惑星ソラリス』の影響を強く感じます。

『惑星ソラリス』の内包するテーマや象徴的なモチーフがクリエイターの心に深く刻まれると、ノーラン監督のように、手がけた作品のそこかしこで再び姿を見せる結果につながるのだというのがわかります。

日本アニメ『ペンギン・ハイウェイ』のストーリーは『惑星ソラリス』からヒントを得た

『惑星ソラリス』の影響は、もちろん日本のクリエイターたちにも届いています。例えば、2018年に公開されたアニメ映画『ペンギン・ハイウェイ』です。

『ペンギン・ハイウェイ』は作家の森見登美彦氏が原作で、石田祐康監督が映画化した作品です。森見氏は原作小説『ソラリスの陽のもとに』からの影響をインタビューで明かしていますが、石田監督もまた『惑星ソラリス』に魅せられた人物です。

石田監督は『惑星ソラリス』の原作小説も映画も(リメイク版の映画も)観ており、作品の設定に魅かれたと語っています。中でも、ソラリスでよみがえったクリスの妻が「私は何なのだろう?」と思い悩む姿が、『ペンギン・ハイウェイ』の主人公・アオヤマくんが憧れるミステリアスな“お姉さん”に重なったとのこと。原作小説に触れたことで、映画では想定よりもさらに踏み込んだ内容に挑戦しようと決めたそうです。

『ペンギン・ハイウェイ』は、主人公のアオヤマ君が突然街に現れたペンギンの謎を探るというストーリーなのですが、アオヤマ君は物語の中で“海”と呼ばれる正体不明の球体と出会うことになります。

『惑星ソラリス』のクリス同様、アオヤマくんは人間の理解を超えた現象を調査しようとしますし、不思議な“海”が不可解な出来事を起こす点などはオマージュとも取れます。両作品の最大の共通点は、未知の存在と出会ったときに人はどうするのか、という問題が丁寧に描かれていることでしょう。

また実は人間ではなかった“お姉さん”の体調が“海”の状態と連動している=お姉さんは海と同じものと考えると、確かにソラリスの海が作り出したクリスの妻を連想せずにはいられません。

正体不明の“何か”。常識では測れない“何か”。「結局あれはなんだったの?」と観た人にさまざまな想像をさせる存在としての2作品の“海”は、明確な答えが出ないからこそこれほど我々の心を惹きつけるのでしょうか。

難解なようで直球でもある『惑星ソラリス』

168分という長編作品でありながら、現在活躍する映画監督たちに強いインスピレーションを与え続ける映画『惑星ソラリス』。この映画を観ていると、私達の潜在意識が抱えている問題と、過去、そして未来がどうつながっていくのか。改めて死生観について考えさせられます。

SF映画では派手な演出の裏で、自分自身との対話が描かれることが意外なほど多いです。それは結局のところ、どれほど宇宙へ進出して世界の果てまで行ったとしても、人は自分自身から逃げられない……そんなひとつの真理があることの証なのでしょう。ソラリスが投げかけるものとは、自分自身の心の声。わかりづらいように見せて、実は素直に『惑星ソラリス』は伝えてくれています。

難解な映画ではありますが、「未知なるもの」との遭遇したとき人はどうなるのか? 私たち人間はなんなのか? そういった極めてありきたりなテーマをあらためて考えさせる力があることが、『惑星ソラリス』が今日まで評価され、またクリエイターたちに影響を与えてきた理由のひとつではないかでしょうか。

『スタートレック』や『スター・ウォーズ』シリーズなど、“宇宙人と地球人が共存していく世界”を描く作品は、昔も今も変わらぬ人気を博しています。人類が宇宙旅行へ行くことが可能になるかもしれない未来では、SF映画の描かれ方も変化するかもしれません。しかし宇宙が我々にとって未知の存在であり続ける限り、『惑星ソラリス』はミステリアスな魅力を放ちながら、依然変わらぬ存在感を示し続けることでしょう。

(文/河添昭子)