ブルボンヌの新作映画批評 第2回『アリスのままで』

コラム

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ゲイ監督が「忘れないで」と遺した、
家族の記憶と愛の物語

『アリスのままで』

夜の新宿2丁目を奇抜なファッションで浮かれて徘徊していたゲイの知人が、ある時パタリと顔を見せなくなったことがあるの。数年後、久しぶりに会えた彼は「母さんがボケちゃって介護してたの。見届けたから戻ってきたわ」とちょっと疲れた笑顔で教えてくれた。 こんな話を、どこか「血縁」の話題を忘れてそうなアタシたちみたいな世界ですら、最近よく聞く。実際、世界一の高齢国の日本は、認知症高齢者数も相当なもの。10年後には730万人と予測人数の上方修正もされて、高齢者の5人に1人が認知症になりそうなんだとか。

『アリスのままで』

アカデミー賞の女優賞に主演・助演合わせて4度ノミネートされながらも逃し続けてきたせいか、すっかり苦労顔が板についたジュリアン・ムーア姐さん。アルツハイマーを宣告された、学者であり3人の母である女性アリスを演じた今作は、その確かな演技力で、世界じゅうの多くの人々が直面しているこの社会問題の当事者の葛藤を伝えてくれたわ。メジャーなアメリカ映画というよりは、単館上映のヨーロッパ映画のような穏やかな映像と演出の中で、だからこそリアルに胸を締め付けられる、誰にでも起こり得る悲劇と愛の話。

『アリスのままで』

正直なところ、長年の付き合いのオカマたちに「あんたは絶対ボケるタイプ」と呪いの太鼓判を押されているアタシとしては、子供役に感情移入する哀れみは全く得られなかったの。ひたすら、アリスに自分の近い未来を重ね合わせ、言語学ならぬ鋭いオネエしゃべりという唯一の武器と、愛する人たちの記憶を失っていく人生の終焉を思い浮かべたわ。そんな恐ろしい気持ちになるために、お金を払って映画を観たくない? いーえ、どこかのドラマチックに仕立てた特殊な病気の患者を「かわいそうね」って傍観させるお涙ちょうだい映画より、これこそ現実の心を育ててくれる、観るべき闘病映画だわよ。

『アリスのままで』

そして、アタシの立場だからこそ、どうしても伝えておきたい事実があるの。この映画を撮ったリチャード・グラッツァー監督は、パートナーのウォッシュ・ウェストモアランドと同性婚もしていたオープンなゲイ。制作を打診される直前に、難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し、監督自身も病気と闘いながら、パートナーと共に撮ったのがこの作品。そして、同じく全力で主演に取り組んだジュリアンが、悲願のオスカー像を手にした姿を見届けた後、今年の3月に監督は亡くなったの。 病名は違えど、若くして「終わりゆく自分」に直面した人間の、魂の叫びに裏打ちされたもの作り。アタシたちは、アリスのように、下の血縁に受け継がれる愛を持ちにくい分、生きた証や伝えたい想いを表現に刻もうとするのかもしれない。彼が最後の力で成し遂げたのは、同性愛などの少数者のカタチではなく、3人の子供に恵まれた異性愛家庭での出来事から普遍的な想いを伝えることだった。それぞれの状況の中で、自分が自分でありたいことも、忘れたくないことも、愛することも、みんな同じなのだという当たり前のこと。自分たちだけの事情を訴え、違いを嘆くことよりも、共に抱える葛藤に焦点を合わせ、励まし合おうという姿勢が美しい。

『アリスのままで』

全ての人に遅かれ早かれ訪れる「忘れゆく」悲しみをテーマに、それでも生き切ることとその意味を「忘れないで」と伝えた監督の遺作。根性の演技派ババア・ジュリアン姐さんの受賞お祝いも兼ねて、ぜひご覧くださいませ。

『アリスのままで』

6月27日公開 キノフィルムズ


  • burukimono

ブルボンヌ
女装パフォーマー/ライター

新宿二丁目にある『Campy! bar』をプロデュースしている他、『はみだし しゃべくりラジオ キックス』(山梨放送YBSラジオ)金曜メインパーソナリティ、『ハートネットTV』『週刊ニュース深読み』(共にNHK)、BSスカパー『チャンネル生回転TV ALLザップ』などに出演。大学特別講義の講師、企業内LGBTに関するセミナーMCも務める。


記事制作 : ブルボンヌ(外部サイト)

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