【LA初!海外ドラマ事情 vol.4】 あの人は昔! サラ・ジェシカ・パーカーが「SATC」のキャリーになるまで

コラム

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  第81回アカデミー賞(2009)のレッドカーペットを歩くサラ・ジェシカ・パーカーとマシュー・ブロデリック
© David Crane/Los Angeles Daily News/ZUMA Press

文=ロサンゼルス在住ライター 鈴木淨

ローマは1日にして成らず。人に歴史あり。米人気ドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ(SATC)」のサラ・ジェシカ・パーカーは、どんなキャリアや私生活を経てキャリー・ブラッドショー役に辿り着いたのか? あの人は「今」ならぬ「昔」をひも解いてみる。

1965年3月25日に米オハイオ州で生まれたパーカーは、幼い頃からバレエと歌を習い、11歳でブロードウェイ・デビューを果たす。13歳で抜擢され、1年間務めたブロードウェイ・ミュージカル「アニー」の主演が最初の大役だった。

82年から出演したテレビのコメディ・ドラマで高く評価され、その後、立て続けに映画のオファーを受ける。その中の1本が、ケヴィン・ベーコン主演の青春ダンス映画『フットルース』(84)。83年の『フラッシュダンス』やこの作品の大ヒットで、当時のハリウッドはダンス映画ブームとなるが、その流れを受け、パーカーはついにスクリーンでの主役の座を得る。その作品が、85年米公開の『ハイスクールはダンステリア』(原題:Girls Just Want to Have Fun)だ。

『フットルース』作品紹介

『フラッシュダンス』作品紹介

同作は日本では劇場未公開だったが(当時ビデオは発売された)、40代以上なら、このタイトルでピンときたかも知れない。そう、80年代を象徴する大ヒット曲の一つであるシンディ・ローパーの同名ソングをモチーフとしたダンス映画なのだ(権利の問題で、作品内ではローパーのオリジナル楽曲ではなく、カバー曲が使用された)。この時期のハリウッドはコメディ映画も盛んだったため、ダンスとコメディを合わせた作品となった。親友役で共演したのは、やはり今や大女優のヘレン・ハント。

バレエを学んでいたパーカーだが、コンテンポラリー・ダンスは苦手だったという。監督のアラン・メッターによれば、ダンスシーンはほとんど吹き替えだったが、それを明かせる時代ではなかったため、秘密にされていた。

90年代に入り、スティーヴ・マーティン主演『L.A.ストーリー/恋が降る街』(91)、ニコラス・ケイジ主演『ハネムーン・イン・べガス』(92)など作品的にも評価の高いコメディ映画で好演するが、主役からは遠ざかった。それにしてもこの人、評価を受けた作品群を見ればわかるように、生粋のコメディエンヌである。その資質に呼応するかのように97年、80年代のハリウッド・コメディを代表する映画『フェリスはある朝突然に』の主演俳優、マシュー・ブロデリックと結婚。長男と、代理母出産による双子の姉妹をもうけた。

『L.A.ストーリー/恋が降る街』作品紹介

『ハネムーン・イン・べガス』作品紹介

『フェリスはある朝突然に』作品紹介

もう少しパーカーの恋愛について掘り下げよう。84年から91年まで、彼女は『アイアンマン』シリーズでおなじみのロバート・ダウニー・Jrとつき合っていた。『家族の絆』(84)での共演をきっかけに始まった交際だったが、やがてダウニー・Jrのドラッグ依存問題が影を落として破局。後にパーカーは「私が彼を(現実社会と)結びつけていたただ一人の人間だったと信じている」と米メディアに語った。

『家族の絆』作品紹介

『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』作品紹介

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サラ・ジェシカ・パーカーとロバート・ダウニー・Jr
© Phil Roach/Globe Photos/ZUMAPRESS.com



ダウニー・Jrとの別離後、パーカーは故ジョン・F・ケネディ元米大統領の息子で実業家だったジョン・F・ケネディ・Jr氏と交際していた時期がある(キャロライン・ケネディ駐日米国大使は氏の姉)。こう見ると、パーカーの男性遍歴はキャリー・ブラッドショーを地でいくような、いや、それをはるかにしのぐ華やかさなのだ。ちなみにケネディ・Jr氏は99年、自身が操縦していた小型飛行機の墜落事故でこの世を去った。

パーカーの女優としてのキャリアは90年代も順調ではあったが、先に述べたように主役を張る役者ではなかった。だがある日、プロデューサーのダーレン・スターからコメディ・ドラマの脚本が届く。「SEX AND THE CITY」というタイトル通りにかなり冒険的な題材で、スターはキャリー・ブラッドショー役をパーカーに依頼した。当時、自身がシリーズもののドラマ撮影に向かないと考えていたパーカーには後ろ向きな気持ちもあったというが、結局、この仕事を引き受けた。

98年に米有料ケーブル局HBOでスタートした「セックス・アンド・ザ・シティ」は、社会現象と言える大ヒットドラマとなり、シーズン6まで続いた。パーカーは同作でゴールデングローブ賞、エミー賞の最優秀主演女優賞を獲得し、初めてコメディ女優としての栄冠を手にする。だが、あまりに過密な撮影スケジュールなどから、「もう二度とテレビの仕事はしない」と宣言。08年には、同ドラマの映画版が公開され大ヒット。続編も公開された(10)。パーカーの女性層からのカリスマ的人気は、今も衰えることがない。

『セックス・アンド・ザ・シティ』作品紹介

『セックス・アンド・ザ・シティ2』作品紹介

記事制作 : Avanti Press(外部サイト)