『海難1890』内野聖陽&忽那汐里 インタビュー

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「脱いでくれ」の一言で肉体美披露

『海難1890』内野聖陽&忽那汐里 インタビュー

トルコ・日本の友好125周年の大プロジェクト『海難1890』で、エルトゥールル号の船員を救った医師・田村を演じた内野聖陽と彼の助手・ハルとテヘラン在留の春海の二役に挑んだ忽那汐里が丁寧な役づくりについて明かした。

映画『海難1890』は12月5日より全国公開

伝えたかった裏設定とは……

Q:大きなプロジェクトですが、お二人はどんなことを用意して、撮影に臨んだのですか。内野さんはすごい肉体美を見せていますね。

内野聖陽(以下、内野):監督に「生活を律して生きている旧き良き日本男児の様を見せたい」という強い思いがあったようで、台本に「鍛えあげられた肉体」と書いてあったんです。「医者が体を常日頃から鍛錬しているってどういうことだろう」と最初は思ったのですが、心身ともに鍛えることで、何かが起きてからではなく、いつでも人を助けられる態勢にしていたんじゃないかと自分なりに考えました。裸になって、剣道をしている場面は監督のアイデア。僕は「服を着ていた方が侍っぽくないですか」ってぎりぎりまでねばったんですけど、2種類見せたら、監督から「やっぱり、脱いでくれ」と言われまして(笑)。

Q:あの場面には監督のこだわりがあったんですね。

内野:監督から要求された「侍の生活規範を持った日本男子像」のために、自分のなかにある時代劇の素養もすごく使いました。剣で鍛錬するシーンも然り、人としての礼節、感謝の思いを伝える気持ち。いまの日本人が失いつつある日本の美徳を、田村というお医者さんに託して演じました。

Q:ムスタファと対峙した時の迫力は、確かにあの肉体でないと出せないと思いました。

内野:脚本に書いていない部分もたくさんありました。男性としての包容力に関していえば、肉体だけでなく、田村はムスタファやハルと同じように大切な人を失っているという裏設定にして、彼を包み込んであげる。そんな心の裏側の掘り下げは大事でしたね。セリフの情報がなかったので、その分、監督と喧々諤々(けんけんがくがく)やっています。ハルはフィアンセを失い、ショックで声を失っているんですが、その彼女を治せないことに対しても、忸怩(じくじ)たる思いでいる。全部が裏設定だったので、自分の中でイメージしたものが、空気感で伝わるといいなと思いながら演じていました。

『海難1890』内野聖陽

ト書きだけが頼りだった台本

Q:忽那さんはどんな準備をしましたか。

忽那汐里(以下、忽那):基本的なこと以外では、医療指導を受けました。やっぱり、命を預かっている現場でもたもたしていられません。患者さんは一人ではなく、次から次へと運び込まれてくる。ハルにとっては日常のことでしょうから、なるべく慣れた手つきでなければなりません。加えて、ハルという役は失声症で口がきけないので、セリフが排除される分、何を一番、相手に伝えたいかという本質的な部分に集中しなければなりませんでした。

Q:台本にはどう書かれていたんですか。

内野:「………」だっけ?

忽那;まあ、そういうことになりますよね(笑)。実はほとんど書き込みがなかったんです。ト書きに書かれていることが多かったです。ハル、○○風にたたずむ、とか。セリフのところに名前はほとんど登場していません。普段はト書きも大事ですけど、台詞を追って、頭に入れるんです。でも、今回のハルの役はこれまでのどの役より一番、ト書きを頼りにしていました。そこしか、なかったので。

内野: 20代前半でここまで肝の座っている女性って、なかなかいないですよ。共演していて、頼もしかったです。これくらいの年頃だと、現場で萎縮しがちなんだけど、そういうのがほとんどなくて、安心できた。だから、僕は僕自身の田村を膨らませて、ハルに対していられたし、彼女自身もそうだったと思います。

Q:今回は二役ですが、ハルと春海、それぞれは違う感覚でしたか。

忽那;エルトゥールル号のエピソードを先に全部、撮り終えてから、イスタンブールのロケに行ったんです。ハルの何かを春海の役に引きずる必要がなかったので、きれいさっぱり次に移行することができました。ハルは時間が刻々と迫るなかで、大勢の負傷者を抱えている。でも、救出した後のエピソードも描かれています。一方、春海は、ハルと違い、ずっと緊迫した状況の中にいる。春海に関しては、最後の最後で、トルコの方々の行動に救われるまで、緊張感が途切れない。まるで違う感覚でした。

『海難1890』 忽那汐里

「よくぞ、映画にしてくれた」とトルコで大歓迎

Q:後半の「テヘラン邦人救出劇」でのトルコ・ロケはどうでしたか。

忽那:言葉は通じないんですけど、撮影して映画を作る過程はそんなに変わらないので、現場で戸惑うようなことはありませんでした。ただ、それ以前に文化の違いからくる物語の捉え方の違い、例えば、男性としての在り方などがトルコと日本人では違いますから、その辺はスタッフやキャストで、よく話し込んでいました。文化の違いはすごく興味深かったです。イスタンブールは橋を渡れば、ヨーロッパであり、アジアであり、面白い雰囲気でした。

内野:トルコでのロケをした際にはエキストラ650人の方々が「よくぞ、映画にしてくれた」と大喜びしてくださったそうですよ。向こうでは、それくらい浸透している話のようです。

Q:トルコでは教科書にも載っている「エルトゥールル号海難事故」。それがあっての「テヘラン邦人救出劇」。映画で初めて知り、衝撃を受けました。

忽那:子孫というわけでもないのに、なぜ同じ役者で二役なのか、当初はすごく気になっていたんです。でも、監督に初めてお会いした時に「これは恩返しとかじゃなくて、もっと広い意味で、遠い国で起きた異国人同士の善意のやりとりは、100年後でも受け継がれていくということを描きたい」と言われ、それが後押しになりました。

取材・文:高山亜紀 写真:奥山智明

記事制作 : シネマトゥデイ(外部サイト)