羽生結弦が300点超えした理由

コラム

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文=高村尚

羽生結弦
©Kyodo/MAXPPP

12月11日から始まる「フィギュアスケートグランプリファイナルバルセロナ」に、「GPシリーズNHK杯」で世界最高の322.40点をたたき出し、圧倒的な強さを見せた羽生結弦選手が参戦する。今シーズン“和”に挑む羽生がフリーで滑る「SEIMEI」は、映画『陰陽師』で使われた楽曲。この演目を完成させるために、同作に主演した野村萬斎からアドバイスを得たのはファンのみならずとも知るところ。野村萬斎の助言と、映画『陰陽師』の側面から300点超えの演技を完成させたポイントをひも解いてみる。

1.助言をした野村萬斎という人

そもそも野村萬斎とはどういう人物か? NHK朝の連続テレビ小説「あぐり」(97)のエイスケ役や、映画『陰陽師』(01)『陰陽師II』(03)の安倍晴明役、『のぼうの城』(12)の成田長親(のぼう様)役でも知られるが、本業は狂言師だ。正確に言うと和泉流野村万蔵の名跡を継ぐ狂言方の能楽師。能楽の始まりは奈良時代ともいわれ、ユネスコ無形文化遺産にも登録される日本の伝統芸能のひとつだ。江戸時代は儀式の際の式楽として、武家の保護の下で伝承されてきた。『陰陽師』で野村萬斎が演じる陰陽師・安倍晴明は、陰陽五行思想に基づき祭祀を司る者。儀式用の仕舞を奉じていた能楽師と陰陽師、近い存在と言えなくもない!?『陰陽師』が公開されたとき、野村萬斎はこう語った。「自然のサイクルに通じ、行動を起こしたときに常人にはない力を放つのが陰陽師。そういうものを表現するときに、狂言師である僕の持つ独特な声の出し方や身体的技術が活かせるのではないか」と。

2.フリープログラム「SEIMEI」初披露

「SEIMEI」の初披露は、「ドリーム・オン・アイス2015」(6月12日~14日)で行われた。お披露目的な意味合いの3分あまりのショートバージョンではあったが、早々に4回転を飛んで見せるなど観客を魅了した。ただし“和”のプログラムであることは十分印象付けたものの、これまでのプログラムのように羽生自身の魅力を十分に出せていないのではないか。そんな声も聞こえた。クラシックやミュージカル、ロックなど、洋楽のプログラムのほうが合っているのではないかと。

3.野村萬斎からの助言

そんな萬斎から羽生結弦は直接、助言を受ける機会を得た。日本テレビ「news every.」(9月22日放送)の企画で対談が実現したのだ。贈られたアドバイスは以下のようなものだった。
①誤作動しないくらい徹底的に型を身体に覚え込ませること
②同じ演目でもやるたびに新しい驚きを観客に与えるよう演じること
③型を効果的に見せるためには押すだけでなく引く演技も必要であること
④型にはすべて意味があり、その意味は自分で解釈するもの
⑤記憶に残るような演技をすれば結果はついてくる
⑥精神性が重要。場を支配するためには場を味方につける
その場と時間、空気を味方につけ、会場全体に意識を向けるなど。狂言という和の芸能に必要な要素はまた、「SEIMEI」を滑る羽生にも大きなヒントとなった。アドバイスは要するに、身体が覚えるまで練習し、動きの意味を意識し、表現する。それらを、会場の“気”を集めて行え! というものだった。

4.助言を得た羽生結弦の変化

アドバイスを受けてから約1カ月。「GPシリーズ スケートカナダ」(10月31日~11月2日)を滑る羽生は、“気”を集めることの大切さを理解し始めたように見えた。しかし“気”を保ち続けることは難しく、空気を味方にすることもときに忘れた。高く飛び、美しいラインを描き、演技としては申し分ないにもかかわらず。

5.300点超えの演技で操ったのは“気”

天を仰ぎ、地に言い聞かせ、指先に意識を集中させた。「GPシリーズNHK杯」を滑り出した羽生は、すぐに集めた“気”をいったん胸の前で珠にし、すぐに会場の両サイドに放出した。コンビネーションスピンのあと、能でいう“開き”のポーズを取り、再度“気”を引き寄せる。トリプルアクセルに続くダブルトゥーループでは両手を上にあげ、天に持ち上げた“気”を着地と同時に放出。続いて緩やかに右回転し、会場の空気を身にまとったかと思うと、トリプルアクセル、シングルループ、トリプルサルコーと真逆に連続で飛び、身に引き寄せた空気を一気に会場の隅まで放った。すべてのジャンプを決め、コレオグラフィックシークエンスに入る際には、鈴の音とともに両腕を左右に大きく広げ、前の空間にアピール。ラストの足換えコンビネーションスピンで上へと昇りつめ、太鼓の音とともに地上に君臨した。解説者が「次元が違います」と興奮するのも当然、映画(『陰陽師II』)では、安倍晴明が“舞”の力で天岩戸を開こうと、神の暮らす天上まで登っていくシーンに相当する。

6.まとめ

超自然的なことではあるが、“気”を集めるということは、自分なりの演技のベースが完成した演技者にとって、重要なポイントとなる。これができた者がその作品を征し、演技者のトップに立つのだ。『陰陽師II』で安倍晴明と相対する出雲の王・幻角を演じた中井貴一に聞くと、「演技とは、一身に集めた様々な“気”を発散すること。それは、すべての芝居ができたうえで、一度そぎ落としたときに成立する」のだと教えてくれた。羽生結弦が野村萬斎との対談のとき、「すごいな。すごいところに来ている俺」と興奮していた裏では、たぶんこういう話が行われたと思われる。フィギュアスケートというスポーツを超えた、芸術の域に羽生は達しようとしている。

羽生結弦
©Kyodo/MAXPPP

フリープログラム「SEIMEI」では、『陰陽師』2作品から「陰陽師Iメインテーマ」「荒ぶる神」「日美子と須佐」「一行の賦」「日美子残影」「五芒星」「陰陽師IIメインテーマ」の順で使用している。これら梅林茂の楽曲はすべて、オリジナルサウンドトラックコンプリート「陰陽師」に収められている。

羽生結弦
『陰陽師(2枚組)』DVD発売中
6000円+税
発売元:角川書店・TBS
販売元:東宝

 
記事制作 : Avanti Press(外部サイト)