諏訪敦彦監督が「ヌーヴェル・ヴァーグの申し子」ことジャン=ピエール・レオーを主演に迎えて、南仏の美しい街を舞台に映画作りの素晴らしさを謳った『ライオンは今夜死ぬ』(1月20日より公開)。演技経験のない子どもたちと名優・レオーのユーモラスなやり取りが微笑ましい本作の見どころを、レオーが少年時代に出演した名作を振り返りながらご紹介します。

『大人は判ってくれない』で主演に大抜擢されたレオー少年の只ならぬ才能

ジャン=ピエール・レオーは、13歳の時にフランソワ・トリュフォー監督の『大人は判ってくれない』(1959年)のオーディションを受け、主役に大抜擢されました。

同作では、両親の愛情に飢え、非行を繰り返す少年アントワーヌ・ドワネルを大胆かつ繊細に演じ、映画初主演とは思えないほど圧倒的な存在感を放っています。なかでも、少年鑑別所で調書を取られる際のリアルな受け答えがとても印象的なのですが、後のインタビューによると、このシーンには大まかな脚本は用意されていたものの、細かいセリフはすべてレオー自身が考えたものだというから、その只ならぬ才能に驚かされます。

実はオーディション時の貴重な映像が、『大人は判ってくれない』のDVDの特典映像やドキュメンタリー作品の一部に収録されており、今でも目にすることが出来るのですが、それを見ただけでレオー少年の素質は一目瞭然。カメラの前で演じることの楽しさについて目をキラキラさせながら語り、「もし俳優としてやっていけなくなったとしても、何らかの形で映画の現場には携わっていきたい」と高らかに宣言しているのです。

「ドワネル」シリーズを経て「ヌーヴェル・ヴァーグ」の申し子として引っ張りだこに

『大人は判ってくれない』でレオーが演じたドワネルは、トリュフォー監督の分身とされ、その後も『二十歳の恋』(1962年)というオムニバス作品のなかの『アントワーヌとコレット』や、『夜霧の恋人たち』(1968年)、『家庭』(1970年)といった作品で、同一の主人公の成長過程を演じるという、極めて珍しい事態に。まさに初主演にして当たり役を手に入れたレオーですが、同じキャラクターを演じ続けることを、息苦しく感じることもあったそう。

その鳥かごから出るように、ジャン=リュック・ゴダールや、ジャック・リヴェット、アニエス・ヴァルダといったヌーヴェル・ヴァーグを代表する監督の作品に出演し、まさに「ヌーヴェル・ヴァーグの申し子」として活躍。その後はヨーロッパのみならず、アジアや北欧など、世界各国の映画監督と数々の作品を生み出し続けています。

かつてのやんちゃ少年が、子どもたちに映画の魅力を伝える伝道師に

『ライオンは今夜死ぬ』では、自身をモデルとしたかのような年老いた映画俳優、ジャンに扮するレオー。ジャンは、南仏のコート・ダジュールでの撮影の合間、かつて愛した女性が暮らしていた古い屋敷を訪れます。そこで、カメラを片手に映画撮影を行う子どもたちと遭遇するのです。

ジャンに興味津々で、隠し撮りを繰り返していた子どもたちから、映画出演の正式オファーを受けたジャンは、「まず脚本を用意するように」と諭し、屋敷を舞台に子どもたちと一緒に映画製作を行うことに。その内容が、なんとホラー映画というのが秀逸です。

度肝を抜かれるのが、レオー演じるジャンが、子どもたちから「この老いぼれ!」とヤジを飛ばされたり、「本当に役者なの?」と疑いの目で見られたりするシーン。怖いもの知らずの子どもたちの無邪気さは、「名俳優に向かって何たる罰当たり!」と思わず観ているこちらが不安になるほど。

しかし、『大人は判ってくれない』や、レオーが少年時代に出演した『並木道』(1960年)といった作品を改めて見返してみると、少年レオーも映画の中でさんざん大人に悪態をついてきたことがよくわかります。表情豊かなレオーが「やんちゃな少年」を演じることでシリアスな中にもそこはかとなくコミカルな要素が加わり、より切なさを際立たせる絶妙な効果をもたらしていたことに気づかされるのです。

皺だらけのジャンが、ベテラン俳優の立場から映画作りの素晴らしさを伝える伝道師のような役割を果たしていく姿に胸を打たれる『ライオンは今夜死ぬ』。階段に腰掛け、子どもたちと一緒に完成した映画を見つめるジャンの純粋な瞳は、かつてオーディションで、映画の魅力を語っていたレオー少年の姿と重なります。映画とともに年月を重ねてきたレオーの人生を共に振り返りながら、温かな気持ちにさせられる1本です。

(文/渡部喜巴@アドバンスワークス)