文=ロサンゼルス在住ライター 鈴木淨

山口貴史
“Sophie and the Rising Sun”に主演した山口貴史

先月22日、アメリカを代表する映画祭の一つ、サンダンス映画祭で、日本人が主演男優を務めた米映画“Sophie and the Rising Sun”(原題)のワールドプレミアが行われた。この日本人俳優の名は山口貴史。ハリウッドでの成功を目指し渡米していた彼が同作のオーディションを受けたのは、俳優としての就労ビザが下りたわずか1週間後だった。

同作は、2000年のサンダンス映画祭で審査員特別賞に輝いた『歌追い人』の女性監督、マギー・グリーンウォルドがメガホンを取ったことで注目され、共演陣も実力派揃い。一昔前に比べて米映画界に挑戦する日本人は増えたものの、重要な役回りを任される役者はまだ少ない。山口は今回、どのようにして主演男優の座を射止めたのか?

日本人コミュニティで育った俳優を

同名小説を映画化した“Sophie and the Rising Sun”は、第二次世界大戦開戦時のアメリカ南部を舞台に、白人女性と日系アメリカ人男性グローヴァー・オオタの“許されぬ恋”を描いている。製作サイドは当初、オオタ役にふさわしい男優を探すために日系アメリカ人俳優のオーディションを行った。だが、グリーンウォルド監督は「彼らは“Too-American”だった(アメリカ人過ぎた)」と回想する。「(当時の)日系アメリカ人は日本人コミュニティで生き、まだ外国人のような存在だった」と考えた監督らは方針を転換し、日本文化で育った日本人俳優に対象を移す。その後、世界規模で網を張った長期にわたるオーディションの結果、ロサンゼルスに住む山口貴史が抜擢された。「タカ(山口)はこのキャラクターが持つ、とても特別なフィーリングを備えたベストな俳優だった」(監督)。

山口貴史
“Sophie and the Rising Sun”

転機となった『硫黄島からの手紙』

山口がオオタ役をつかむまでの道のりは決して平坦ではなかった。日本の関西の舞台で活躍していた彼はトム・クルーズ主演『ラスト サムライ』(03)、クリント・イーストウッド監督『硫黄島からの手紙』(06)に出演。もともと洋画好きだったというが、特に『硫黄島』での渡辺謙らとの交流をきっかけにアメリカでの挑戦を真剣に考えるようになった。

山口は37歳だった2010年に渡米。しかし、十分な実績がありながら就労ビザが下りず、冒頭に紹介した認可までには5年の月日が流れた。ビザ取得には、間に入る弁護士の手腕が問われることが多いが、彼のケースもそういう問題があったのかもしれない。実際、弁護士を変えてから間もなくビザが認可され、ここからすべてが好転し始める。

山口は、この5年間を「必要な時間だった」と前向きにとらえている。この間に役者としての自分を見つめ直し、必死で英語を学び、周囲の人々との関係を築いた。

タムリン・トミタからの助言

彼が「お世話になった」と実感を込める支援者のなかには、『ベスト・キッド2』(1986)のヒロイン役などで知られる日系女優、タムリン・トミタがいる。『ラスト サムライ』公開時にロサンゼルスで知り合って以来の仲。現在もハリウッドで活躍する彼女から、山口は「この国でやっていくために、私たちに必要なことは、真面目に誠実に生きること」とアドバイスを受けた。

常にこの言葉を忘れなかったという実直な山口に、周りの人々(現在のマネジメント・スタッフなど)が自然と手を差し伸べた。そして、彼のそんな人柄が“Sophie and the Rising Sun”のオオタ役獲得につながることになる。オオタは謎めいた存在でありながら、心優しく誠実な紳士。グリーンウォルド監督らはオーディションを重ねる度に、山口のなかにはっきりとオオタの資質を見出したはずだ。

マイノリティにとってのハリウッド

山口は、スラリとした長身の二枚目俳優。白人女性との恋愛を演じる上での“絵になる”身体的特徴も味方しただろう。かつての米映画では、日系人や日本人は背が低く卑屈なタイプとして描かれることも多かったが、オオタのような役の需要は時代の変化を感じさせる。

グリーンウォルド監督は、“Sophie and the Rising Sun”のテーマが「現在、世界で起きていることと共通している」と主張する。1940年代、排他的なアメリカ南部で真珠湾攻撃後に日系人オオタがさらされた視線は、現在、世界中のイスラム教徒に向けられている。また、折しもアカデミー賞俳優部門のノミネーション(2年連続で20人の候補すべてに白人が選ばれた)により、ハリウッド全体がマイノリティ(少数派)に対する差別問題に揺れている。

山口貴史
“Sophie and the Rising Sun”

山口のような日本人俳優がハリウッドで成功するための鍵は何か? この問いにグリーンウォルド監督は「アジア人以外の役にもエントリーし、いい役を得るために闘い続けなければならない」と答えた。もちろんそのためには、ゴールの見えない英会話の習得にチャレンジし続ける必要がある。綺麗な英語を話す山口も、さらなる飛躍のために「それ(英語の勉強)自体が仕事」と気を引き締める。

オオタのように日本人こそふさわしい役のオーディション情報を常にチェックし、同時にアジア人以外の役にも挑む。マイノリティの俳優にとっては、やはり厳しい世界だ。それでも、“Sophie and the Rising Sun”に見られるように、日本人の役の幅が広がっていることは好材料と言えるだろう。「ロマンティックな男性、グローヴァー・オオタのような役が日本人やその他のアジア人俳優のステレオタイプを払拭し、彼らに新たな扉を開くことを願っています」(監督)。

製作サイドは、同作の日本公開も準備中だという。

<サンダンス映画祭の同作紹介ページ>