標高5千メートルで出た岡田准一、阿部寛の本質『エヴェレスト 神々の山嶺』監督インタビュー

インタビュー

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文=高村尚

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©2016「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会

学生時代、遠足という名目で体験させられるつらい山登り。「なんで登らなきゃいけないの!?」と怒り混じりにボヤくと必ず周りから返ってくるのが「そこに山があるから」というフレーズ。比ぶべくもないのだが、この言葉が鑑賞中ずっと頭の中を駆け巡り続けた映画がある。岡田准一、阿部寛出演の『エヴェレスト 神々の山嶺』だ。エヴェレスト登頂に取りつかれた伝説の登山家・羽生丈二(阿部)と、彼を撮影して名をあげようとする山岳カメラマンの深町誠(岡田)の物語。この映画の撮影は、エヴェレスト山腹5200メートルの地点で実際に行われた。監督は『愛を乞うひと』『しゃべれども しゃべれども』などの平山秀幸。なぜこんな過酷な映画を撮ろうと思ったのか、平山監督に直撃取材を試みた。

高所恐怖症なのに監督オファーを受けた理由

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平山秀幸監督

平山監督、実は撮影で軽い凍傷になったと聞いている。そこまでしてこの映画を撮られるとはどれほどの山好きかと思いきや、「高所恐怖症」なのだという。監督にオファーされたときに渡された夢枕獏さんの原作の表紙を見ただけで「寒そうだし、標高高そう」と躊躇した。でも「小説を読んだら、その熱と重さに魅了されました。身の回りのことを書いた私小説風が流行る昨今、なかなかお目にかかれない小説。獏さんが投げた剛速球ストレートをドンと受け取り、その重さが表紙を見たときの迷いを吹き飛ばしたというか。そんな勢いが原作にあった。獏さんいわく、書き終えたとき自分のなかに燃料が残っていなかったそうです」

撮影の実現性を高めた3回のロケハン

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エヴェレストでの撮影に臨む平山秀幸監督
©2016「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会

しかし、気力だけでは映画は撮れない。文字通りエヴェレスト級の山で撮影できる技術面と体力面が担保できなければ企画は進められない。プロジェクトはまず、数名のスタッフとロケハンに出かけるところから始まった。

「シナリオライターの加藤正人さんと、角川映画プロデューサーの井上文雄さん、そもそもこの映画化を企画した『悲情城市』『さらば、わが愛/覇王別姫』のプロデューサー・高秀蘭さんと僕、そして日本山岳協会会長の八木原國明さんで行きました。八木原さんはこれまでエヴェレストに3回登っていて、佐藤純弥監督の『植村直己物語』でも西田敏行さんとヒマラヤに行っている。この5人でまずはナムチェバザールから3880メートルのところにある“ホテル・エヴェレスト・ビュー”に向かいました。ここまでで高山病になりでもしたら、撮影どころじゃないですからね。ここから本格的に企画の開発が始まったわけです」

キャスティングは肝だった。映画俳優としての演技力、魅力に加え、過酷な撮影に耐えられる体力と精神力が必要だった。原作の設定では、山岳カメラマンの深町、伝説の登山家・羽生ともに岡田、阿部より年上なのだが、「この2人の決定が映画成立の大きな力となった」という。

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©2016「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会

2度目のロケハンでは技術パートを連れて6160メートルのアイランドピークを目指すルートを確認した。「エヴェレスト街道と呼ばれるルートは、エヴェレスト山頂を目指す登山家のベースキャンプもあるし、人が多くて映画撮影は成立しないだろうと言われたので別の撮影場所を探したわけです。アイランドピークは5900メートルくらいまで登りましたが、結局使いませんでした。アイランドピークの撮影となれば、ロッジではなくテントがベースとなり、日々の生活、役者の準備、機材その他の維持が難しいだろうという判断です。でもそこに行ったことが撮影隊にとってはすごくいい訓練になった」と監督。

2015年2月初旬、メインキャスト、スタッフを連れ、エヴェレスト街道で本格的なロケハン兼リハーサルを行った。宿泊地の5150メートルのゴラクシェプから、撮影を行った5300メートル地点に作られたベースキャンプまでを歩いて通った。

大自然のなかに置かれた俳優が醸し出すもの

スタッフ、キャストが撮影のためにゴラクシェプを目指したのは、3月5日。身体を慣らしながら10日間かけてゴラクシェプに到着。ここをベースに約10日間、撮影が行われた。「最初の撮影は山に登るシーン。次に5300メートルのところでの芝居。それを終えて下山し、カトマンズで街中を撮り、謎のシェルパ、アン・ツェリンの住む郊外を撮影しました。ネパールでの撮影日数は約35日間でした」。

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©2016「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会

カトマンズでさえ標高1400メートルもある。標高が高くなるにつれ酸素は薄くなり、気温は氷点下となっていく。そうなると、「演出がいらないというか、机上のプランが通用しない。脚本のト書きに書かれたような演出が意味をなさないんです。俳優も、いまやっていることのどこが岡田で深町か、どこが阿部でどこが羽生か、だんだん曖昧になって虚と実が混ざり合う。そうしたらもうそれに任すしかない。ものすごく大きな風景、厳しい自然条件のなかに立ったときに感じたことを演じ、それを写し取ることになるわけです」

厳しい自然条件に向き合ったとき、演じるということがひとつ違うステージに昇華される。深町とエヴェレストを訪れる羽生の元恋人・岸涼子を演じた尾野真千子がこう語っていた。「山に向かって叫ぶシーンがあって、こんなセリフ言えるのかなと思っていたけど、山に登るとくさいセリフがどんどん出てきちゃうんです(笑)」と。

岡田も同様に思っていたようだ。「思っていた以上に過酷な場所。飾れないものが出てくるというか。いろいろ考えたり思ったりする自分よりも前に本質が出てしまう。エヴェレストという場所では」

平山監督は、「ロケハンのとき、氷点下20度近い場所でのテント生活もしましたが、ここでのつらさは痛いとか、高山病とかそういう具体的なことじゃない。たとえば時間が経つのがものすごく遅いとか表現しづらい」と話す。そのつらさごと写し取った本作は「ドキュメントともいえる」と監督はいう。「最初はもちろん台本という情報を頼りに撮り始めるんだけど、たとえば強い風――風が吹いていなければ強い風を受けている芝居をする必要がある――生命を脅かすような風に立ち向かったときに小芝居は通用しないということを半日で全員が理解した。このシーンは戻ってセットで撮ればいいのではという意見もありましたが、ここで撮りたいというのは、僕はもちろん、岡田の希望でも、阿部の意見でもあった。製作側と芝居側はぶつかり合うものですが、エヴェレストベースキャンプでは起こりませんでした」

ないと撮影できないが5200メートルのところには絶対ないもの

ただし撮影には2つ難点があった。まず、あまりに空気の層がクリアで、エヴェレストが大きいぶん、合成に見えてしまうこと。「撮影の北信康さんは、事前にレンズの使い方をずいぶん勉強したと思います」。

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北信康カメラマンと平山監督(右)
©2016「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会

そしてもうひとつは5200メートルの場所には電源がないこと。「ポーターさんに60キロゼネレーター(発電機)を撮影現場まで運んでもらい、電源を確保しました。ものすごい重さですからね。そのポーターさんたちには通常料金の倍をお支払いしたそうです。昼間の気温も氷点下5度~10度くらいですが、陽射しはものすごく強いのでゼネレーターやカメラが凍ることはありませんでした。ただ電気は貴重なので撮影以外でゼネを使うわけにはいかない。PC(パーソナルコンピュータ)用にはみんな背負っているソーラー電池から送電していました。その姿が甲羅をつけた亀みたいでおかしくてね(笑)」

そういう意味ではメイキングはかなり面白いようだ。「天気待ちしているメイキングがあって、俺が『ヒマラヤで天気待ち。粋だなあ』とか能天気に喋っていたり、カメラを抱えた撮影助手が暗い顔してロケ場所へと登る長い隊列に加わっていたり」。いずれも映画本編とのギャップがおかしいのだと監督はいう。黒澤明の“天気待ち”(黒澤監督は、よしとする天気になるまで何時間でも撮影をストップすることで知られる)とはまた違うニュアンスだ。「でも天気には恵まれました。2回目のロケハンを終えて帰ったあと、ドカ雪が降って積雪量が足らないのではないかと心配していたところが真っ白になったり、午後には崩れると聞けば、午前中に晴れ狙いのシーンを撮って、午後からちょっと粘って吹雪を撮ることもできました」。衛星携帯電話を使ってカトマンズや東京とも情報を取り合っていたこともあり、突発的に天気が崩れて立ち往生するようなことはなかったそうだ。映画に描かれる1990年代前半という時代にはなかった文明の利器が活躍した。

限りなく修行に近い山での生活

スタッフ、キャストがベースとしたゴラクシェプにはロッジが4軒。でも風呂もなければ、トイレも汚い。環境はよくない。暖房も7時半には落ちる。「湯たんぽの配給があったので、みんな寝袋に湯たんぽ入れてヤッケからなにからすべて着込んでガタガタ震えていましたね。8時くらいにはみんな部屋に戻って寝ていました」。女性は、岸涼子役の尾野真千子、メイクさん、記録の古谷まどか、山のドクター、女性クライマーの5人いたが、監督は「お手洗いも、食べるのも、生活すべてが一緒。女性だから男性だからという前に、人間同士という」という。「なにしろ体力がぎりぎりなので他の人のことに気が回りにくい。自分のことを全部自分でするのが精いっぱい。そういう意味合いでいうとロッジ生活は修行に近い感じかもしれません」。監督がそれを「誰かがフジッコ煮なんかを持ってきていても、ちょうだいとは言えない雰囲気(笑)」と表現していたのが切羽詰り具合を表していて切ない。

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岸涼子役の尾野真千子とアン・ツェリン役のテインレィ・ロンドゥップ
©2016「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会

しかしそんななかでも他人に配慮できる体力と気力を残している人々がいた。監督が山屋さんと呼ぶ山岳監修の人々だ。「撮影にあたり、危険なところではささっとロープを張って、それにみんなをカラビナという安全具でつないでくれるわけです。なにかがあってもここで止まりますよと。そのロープはCGで消しているわけですが、それでも怖いわけですよ。氷河のモレーン(土砂が堆積した土手状の地形)を歩いていると強風で帽子が飛ぶ。もう取りになんか行けません。帽子、さようならですよ。ストックが落ちても同じ。でも山屋さんたちは、『僕が取りに行きますから動かないでください』と取りに行ってくれる」。映画で描かれる登山家たちへの共感は、日々、彼らのタフさ、本当の優しさを撮影隊が目の当たりにしていたことによるリアリティなのだろう。

なぜ山に登るのか?

高所恐怖症の平山監督は、当初、長いケーブルを引いてモニターで芝居を見るから、カメラポジションまで上がらないと宣言していた。「監督は俺らの傍まで来ないらしい」と聞いていた岡田准一は、いつものようにカメラ脇にいた監督に驚いたそう。「信頼を勝ち得て、結果オーライですね」というと、「カメラの脇に行きたくないんじゃなくて、そこまで行くのが本当に怖いんだよ」と高所が嫌いなことを訴える監督。それもそうだ。映画を見ればわかる。何度も気を失いそうになる風景をそこここに見ることができる。ではなぜ監督は山に登ったのか?

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©2016「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会

「わかりません。山屋ですら「エゴイズムかなあ」とか、はっきりしたことを言わない。映画のなかでも『何しに来た?』と羽生に聞かれ、深町が『わからん』と答えます。映画的なカタルシスでいえば、はっきり理由を言わせたほうがいいのでしょうが言わせられませんでしたね」。

「岡田さんは、格闘技もアウトドアもカメラも好きで、深町役のために生まれてきたような人。でも4年前はイタリア人(『テルマエ・ロマエ』)で、今度は変なネパール人(笑)の阿部さんは、僕と似ていて怖いもの見たさで羽生を引き受けてくれた……、エヴェレストに臨んだのかなと思います。それに応えられる強さは充分持っていたし、訓練も積んでくれた。最後のほうのシーンについて、よく『あの阿部さん、よくできてるね』と言われるんですが、あれは本人です。氷点下20度のなかで撮影したんですが、本番の声がかかる直前に自らに水を吹きかけて凍らせて芝居に臨んでいた。阿部さんがワンカットワンカット凍りながら演じているんですよ」

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4年前は『テルマエ・ロマエ』でイタリア人、
今回はネパール人(ではありませんが)を演じた阿部寛
©2016「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会

ええー! どんなシーンかは詳しく説明しない。ぜひその目で見て確かめて欲しい。阿部寛という俳優の強さとすごさを目の当たりにすることができるだろう。ちなみに監督の次回作の希望は、「温泉もの」だそう。

『エヴェレスト 神々の山嶺』3月12日(土)全国ロードショー
公式サイト http://everest-movie.jp
配給:東宝、アスミック・エース
出演:岡田准一、阿部寛、尾野真千子、ピエール瀧、甲本雅裕、風間俊介、テインレィ・ロンドゥップ、佐々木蔵之介
監督:平山秀幸 原作:夢枕獏「神々の山嶺」(角川文庫・集英社文庫)
©2016「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会

 

記事制作 : Avanti Press(外部サイト)

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